[BROKEN WINGS]:電子ツバメの舞う空。
「全人類の電脳化(サブリメーション)を」と。
かつて英雄と呼ばれ、今はスフィアの住人であると自称する男は言った。
彼の率いる集団が叫ぶ理想を、彼らの理想の地とされるスフィアから聞く。
せわしなく情報の行き交うクリーム色の空を、それらを拾い集めるためのシステムが縦横に飛び回る。
"データスワロー"の名の通り、まるで虫を追うツバメのように。
手元にやってきたツバメから、各地で起こっている混乱のニュースを受け取って。
それに目を通す間も無く、新たな一羽が手紙を銜えて舞い降りる。
「…SARFはたった今をもって解散と…」
眼鏡の奥の細い目を更に細める司令の作り笑いを長時間眺めているのも厭だったから、最後まで読まずに丸めてポケットへとねじ込む。
理想に便乗して利益を求めるやり方というのも決して悪くないとは思うけれど、あまりそういうのは好きではない。
きっと、彼女も怒っただろう…今となっては確かめられない事だけど。
そんな事を思い出す間に、もう一羽。あの子からのメッセージ。
あの子に空を与えた男に会いに行く。
それだけ伝えて、電子ツバメは飛び去った。まるであの子の翼のように。
あの子は、どうするのだろう。
彼女だったら、どうしただろう。
「レナが出てっちまった!こうなったらクーデターと合流して連れ戻すぞ!」
唐突に、はっきりと、力強い叫びを乗せて、ツバメが一羽、掌の上に落ちてきた。
彼は、あの子を止めたいと言う。
空に囚われたあの子が、それでも、世界は空だけじゃないと知ったあの子が、また空に囚われるのを止めたいと言う。
そのために、飛ぶと。
それを、羨ましいな、と思った。
彼には、飛ぶ理由がある。
自分には、飛ぶ理由がない…わからない。
ただ、ずっと、飛ぶために飛んできた、と思う。
それはあの子と同じなのかもしれない。全然違うのかもしれない。
だとしたらそれは、あの子を追いかけたら、分かるのだろうか。
目を、開ける。
電子ツバメの舞い飛ぶ空はもう見えない。見えるのは窓の外に広がる空。
いつか聞かれた問いの、答えがあるかもしれない空。
たとえ答えが見つからなくとも、飛ぶしかない、空。
飛ぶためにうまれたものに、飛ぶ理由はほかにあるのかないのか。