[SOLE SURVIVOR]:二人。

 ジオフロントの天井すれすれを縫って、黒い翼が舞う。
 ついさっきまで並走していた巨大な、まるで蝙蝠のような翼を失ってなお、速度を緩める事無く縦横に駈け抜ける。
 << ディジョン、この悪夢め…!アンタさえいなければ、姉さんは…姉さんはッ! >>
 泣き声にも似た絶叫を後に引いて、流線型の機体が黒い翼に追い縋ろうともがく。
 必死に食らいつく空色の機体を、やや後方についた同型機を嘲笑うかのように、黒い翼は悠然と舞う。
 << くそっ、あと…あと少しなのに! >>
 << …アイツはスフィアに逃げ込むつもりだ。時間稼ぎがしたいんだ >>
 焦りを隠すことも忘れた彼女の呟きに答えるように、ぼそり、と呟く声。
 << 冗談…そんな事されたら追いかけきれないじゃない >>
 こんな時でも冷静な…というよりも平坦なその声に感心半分、呆れと苛立ちの混じった残り半分の声で、彼女はそう切り返すと舌打ちする。
 << ………フィーにはアイツが捕まえられる。ただ、アイツが良く見えないだけだ >>
 ぼそぼそと呟く声は、そこで初めて少しだけ揺れた。
 << 俺にはアイツがはっきり見える。けど、身体がついていかない >>
 状況を読む事は得意なくせに機体制御はからっきし、華麗に戦況をひっくり返したと思えば最後の最後の転進で地表に翼をかすらせる。
 大量のキルマークを引っさげながら、相手とニアミスしたり地べたに引っ掛かれた機体から煙を上げてよたよたと帰還するSARFの変わり種エース…NEUに移籍した今でも変わらない、彼女の同僚。
 ああ、気にしてたんだ、やっぱり。
 そんな事をぼんやりと思い、次の瞬間それが吹っ飛んだ。
 << だから、ふたりでやろう。今から、俺がフィーの目になる >>
 ジオペリアをやれたから、たぶんデルフィナスもいけると思うんだ。
 突然の謎めいた宣言と意味不明な呟きに続くようにして、これまた唐突にクリアになるレーダー視界、嘘のように軽くなる翼。
 幾重にも重なっていた敵機予測軌道が、瞬く間にその数を減らしていく。
 << It is possible with two.(ふたりでならきっと、アイツを墜とせる。行くぞ) >>
 HUDに流れる、戦闘支援システムからのメッセージ…そっけない警告文ではない、意味のある言葉の羅列。
 << I watch "it" in place of you...you shoot after "it".(俺がアイツの動きを読む…フィーは、アイツを捕まえろ)>>
 「待って、待って…どういう事?キミがどうしてそこに?キミは…一体、何なの!?」
 ほんの一瞬の沈黙。
 << ...I don't understand it well. (……そう聞かれても、困る。)>>
 デルフィナス#3の戦闘支援システムは困ったりしない。つまり、そこにいるのはやはり『彼』なのだけど。
 いや、だからってそんな。
 ENSI越しに混乱が伝わったのか、HUDの隅っこに少々躊躇いがちなメッセージが流れる。
 << Running out of time,Fie.(頼む、時間が無いんだ。) >>
 << ............Everything is ready. We don't lose. trust me,Fiona. (……大丈夫。俺達は、負けない。頼む、信じてくれ、フィー)>>
 「…………」
 一瞬だけ、目を閉じて。
 「オッケー、ただ一つだけ教えて。そのキミらしからぬ気の利いたセリフはどこから盗んできたのかしら?」
 << ...cinedisk, from Erich.(映画。前にエリックが貸してくれたやつ)>>
 「…………全く、相変らずキミときたら!」
 馬鹿正直にふざけた答えを返す文章を相手に、瞬時にいつもの彼の何を言っても冗談とも本気ともつかないぼんやりした顔を思い浮かべてしまって。
 彼女は溜め息と苦笑と良く分からない何かを一気に吐き出すと同時に、もはやその行き先が手に取るように分かる黒い翼を目指して猛然と加速を開始した。

初プレイ時、主人公(プレイヤー)よりもよっぽどディジョンの後ろに食いついていけるフィーに嫉妬した思い出。
あと雪風好きなんですゴメンナサイ。