[LifeLine]:黄色と空色。

 << メビウス1、投下! >>
 コールを叫んで、最後の爆弾を投げ落とす。
 たちまち火を吹き上げる製油施設を背後へ見送りながら、何人巻き込んでしまっただろうとぼんやり思う。
 真下を流れていく海面は夜明け前で見えないけれど、タンカーや貯蔵施設から流れ出した重油でその表面は黒い虹色に染まっているんだろう。
 戦争だから、で片付けるには重すぎて、重すぎるからこそ、そう言って自分を無理やりにでも納得させないといけない現実。
 (…結構、きっついな)
 「気を抜くなよ、ひよっこ。しんどいかもしれんが帰投するまでは飛ぶ事に集中しろ」
 内心の呟きを見透かしたかのように、背中からオヤジさんの声。
 「わかってるよ」と背後に答え、そこからはいつものやりとり。
 「それと僕はチッカディー(コガラ)でチック(ひよこ)じゃないって言ってるでしょ」
 「小娘(チック)なのには変わりねえだろうよ」
 たわい無い、どうでもいいようなやり取りに、溜め息混じりに笑いながら。
 僕はまだ大丈夫、と根拠もなく思う。何に対して「大丈夫」なのかも判らないけど、ただ、「大丈夫」と。
 油田のほうで、また新たな火柱が上がるのが遠く見えた。
 << コンビナートは活動を停止。作戦は成功した >>
 スカイアイの声に、あちこちから溜め息や小さな歓声が上がる。
 あれやこれやと思うところがあったのは(そしてできる限り考えないようにしていたのは)皆も一緒なんだろう、帰還準備のために纏まりだすその機動は心なしか軽く見えて。
 僕も含めて、皆…たぶん少し、気が抜けていた。
 だから、夜明けの空に「それ」が現れた時の衝撃ときたら。
 << 警告。国籍不明機が5機接近中 >>
 状況的にほぼ間違いなく敵の援軍だろう、でも一足遅かったなと誰もが思って。
 << 敵機を視認、黄色い機体が5機! >>
 予想外のその存在に、誰もが度肝を抜かれた。
 << 本当にあの黄色中隊なのか!? >>
 << 全機、会敵せず帰還せよ。全速で南へ向かえ。繰り返す、全機、会敵せず帰還せよ! >>
 誰かが震えた声で叫ぶ。スカイアイの声にすら、動揺が滲んでいる。
 << 散れ!動き回れ、止まるんじゃない! >>
 声を張り上げたのが誰かは覚えていない。ただ、その声で驚きのあまり金縛りのようになっていた皆が一斉に我に返ったのは覚えている。
 南へ。一刻も早く、この空を抜け出して帰還するために。
 とはいえ、それを許してもらえるかはまた別の問題で。そして、たとえ許してもらえなくとも抗うしかないわけで。
 << ヤツら…フランカーだ!無理だ、機体性能の差もデカすぎる! >>
 << 高度を捨ててスピードを稼げ!なんとか離れるんだ! >>
 << 誰かやられた! >>
 怒号と悲鳴と爆音が飛び交う中を、僕は…ひたすらに、ただひたすらに南へと飛ぶ。
 << 黄色に食い付かれ…! >>
 << レイピア6が撃墜された! >>
 少し離れた場所で、レーダーから光点がひとつ、消えた。
 「………………!」
 空と海が反転する。全速からの無茶なターンで機体が震える。震えていたのは僕かもしれない。そんな事はどうでもいい。
 << メビウス1、方位180!南へ向かえ! >>
 「やめろひよっこ、お前じゃ無理だ!」
 無線の叫びも、背中の叫びも、聞こえているけど聞こえない。僕にできる事なんかない、わかってる、それでも、それでも僕は。
 ISAF機に襲いかかる黄色い翼の横っ面をサイトに捻じ込みながらトリガーを引く。
 相手は一機だけだった。でも、牽制になるとも思っていなかった。自分から的になりに行くようなものかもしれない、そう思ってさえもいた。
 もしかしたら、それすら甘い見通しだったのかもしれない。
 あまりにも自然すぎて納得してしまいかねないような動きで、黄色い翼は、するりと射線上から消えた。一瞬見失ったその姿を確認する間もなく、相手に捉えられた事を示す警告。
 なんて恐ろしいひとだろうと。なんて凄いひとなんだろうと、本気でそう感じた。
 こんな飛び方をするひとが本当に存在しているなんて。
 << 逃げろメビウス1! >>
 スカイアイの声が、ようやく意味を持った言葉として耳に届く。理解するより先に、可能な限りの手を尽くして、そこから逃れようと機体を捻る。
 どこかを機銃で撃ち抜かれたのか、ばすっ、という厭な音がして、今更ながらに僕は戦慄した。
 自分の無謀さに吐き気がする。自分の無力さに怒りが込み上げてくる。
 ここにいるのが僕でなくてあのひとなら、と逃げにかかる自分の弱さに心の中で悪態をつく。
 今は僕が[メビウス1]だ、ここには僕らしかいないんだ、僕らがいなくなったらそこで空色のリボンは本当に途切れるんだ!生きて帰れ、言い訳をするな、逃げろ!

 …結論だけを言うのであれば、僕らはこうして生きている。
 ついでに言えば、僕は帰還命令に反して黄色中隊と(実質逃げ回っていただけだったとはいえ)やりあったという事で一週間飛行停止処分をくらったあげく、オヤジさんに殴られた。まあ、あれだけ周囲に心配と迷惑をかけてしまったのだから自業自得だろう。
 一週間の間、ヘイロー隊の誰かが離脱しながら記録してくれていたという黄色中隊の映像を、僕は繰り返し眺めていた。
 映像の中で、記憶の中で、鮮やかに翻る黄色い翼。彼らに勝てるとは生き延びた今でも思えない。
 ただ、中でも一際鋭かったあのひとの飛び方に…たぶん僕は、魅せられたんじゃないかと思う。
 実際のところは自分でも良く判らない。ただ、勝ちたいとか、そういうのじゃなく、あんな飛び方ができたなら。そう思っていたというのは、とりあえず事実だ。


初遭遇の衝撃。無敵仕様って判っていても、何を撃ち込んでもあれだけ綺麗に避けられると戦慄しますね…
あとメビウス1のTACネーム[Chickadee](コガラの総称)を捏造。[Chick](ひよこ・小娘)に引っ掛けたかっただけなので、あまり意味がないといえば意味がない設定ではありますが。