[Deep Strike]:ターニングポイント。

 太陽の光を受けてきらきらと輝く集光パネルの群れ。
 フェイス=パーク名物、太陽光発電所…日照時間が長い、雨が少ない、高地と好条件が揃いまくった結果、資料通りなら並の原発も裸足で逃げ出す発電量が自慢とのことだけど、大陸各国に供給されていたその莫大な電力は、現在ではエルジアがほぼ独占している。
 開戦前は頻繁に行われていた見学ツアーも今では参加不可。僕らが久々の「お客さん」だ。
 まあ、もちろん観光目当てなわけがなく、爆弾とミサイル抱えて施設を破壊しにやって来た迷惑きわまりない団体客なんだけど。
 << こうして空から見ると綺麗なんだがなあ >>
 何だか勿体ないな、と誰かが呟く声に、オヤジさんが答える。
 << ここを叩けばエルジアの生産能力を大幅に削げるし、そのぶん陸の連中の苦労も減る…そもそもこいつは陽動の意味もデケェ。で、そいつをやれるのが俺らしかいねえ以上、やらなきゃいかんだろう >>
 小声で、ちょっとみみっちいけどな、と付け加えたのは、たぶん本音だ。
 「まあ理想は理想、セオリーはセオリーって事だよね。厄介な要素は潰せる時に潰しとかないと後で泣きを見るって、隊長も昔言ってたし」
 「まあな」
 苦笑いの混じった声で答えたオヤジさんが、一瞬沈黙した。
 「…おまえ、最近普通にあいつらの話するようになったな」
 「……そう、かな」
 言われて思い返せば、前ほどみんなの話題を聞くのも話すのも避けたりはしてない、ような気もする。
 どうだろう。決して忘れたわけじゃないし、馴れたとも言えないけど。
 少し、落ち着いて考えられるようになったのかもしれない。

 巨大なクレーターと、それに比べるとまるでミニチュアみたいな(実際はとんでもない面積なのは判っているんだけど)集光パネルというスケール感の目茶苦茶な景色を横目に。
 僕らは何だか最近定番になりつつある、地上施設攻撃の上空支援をこなしていく。
 << こりゃ後で復旧に苦労しそうだなあ >>
 << そもそも復旧するためには勝たないとな >>
 そんな会話が時折行き交う。
 もちろん決して楽な仕事じゃあないのだけど、状況が進むにつれてちょっとずつ余裕が出てくるのはまあ当然で。
 ふと、前にもこんな事があった気がした。…いや、気のせいじゃない。
 まさか、また黄色い機体の群れが飛んできたりするんじゃないだろうな?
 そんな厭な予感を裏切るかのような、ある意味予想以上というかな「それ」は、前回と同じく今回も鉄壁の声を揺らがせた我らが管制官の絶叫を引き連れてやってきた。
 << 全機、警告!ストーンヘンジからの砲撃が確認された! >>
 なんてこった、と誰かが呟く。
 それに関しては心の底から同意だ。こんな射程ギリギリで撃ってくるなんて思わなかったからこその作戦だっていうのに、エルジア軍の偉い誰かさんは、つくづく僕らをどんでん返しで叩き落とすのがお好きらしい。
 << 弾着まで…約30秒。全機、南へ撤退せよ。高度は2000以下に保て >>
 指示を伝えるスカイアイの声はもういつも通り。流石だ。ただ、問題はその指示内容で。
 << 2000だとぉ!?無理言うな、地面には潜れないぞ! >>
 その通り。こんな高地で2000フィートを下回る場所とかそんな無理な…あ、いや、無理じゃない。
 台形、というか柱状の岩が集まった形のここの地形は、それぞれの間が深い渓谷になってる。つまり。
 << 谷!谷に逃げ込んで高度を下げて! >>
 無理じゃない、けど無茶な手段。
 << バカ言うな、自殺行為だぞ! >>
 << 弾数4、弾着まで15秒。至急高度を下げろ >>
 << …ええい、どっちにしたってしくじれば死ぬんだ、つべこべ言わずに飛び込め! >>
 いっそ冷酷なまでに冷静なスカイアイの声が、みんなの背中を、言い出した当人である僕の背も押してくれる…判ってるなあ。
 ただ、それでもやっぱり怖いものは怖い。狭い上に曲がりくねった渓谷で、一度でもミスをすれば岸壁に突っ込んで木っ端微塵。高度を下げなければストーンヘンジに叩き落とされるという容赦の無い二択。
 << 5…4…3…2…1、弾着、今! >>
 空気が歪んで、吼えた。機体を揺さぶる衝撃に、やや遅れて轟音がついてくる。
 << 回避、回避! >>
 誰かが叫ぶ。神様、と呻く声がする。
 << ヘイロー7、通信途絶! >>
 << ヴァイパー3、墜落!ヴァイパー11とオメガ5もやられた! >>
 くそったれ!と叫ぶ声。ああ、ヴァイパー1が泣いている。
 あのとき、あのひとも叫んだんだろうか。泣いたんだろうか。それとも、そんな猶予さえもらえないまま…
 << ストーンヘンジからのさらなる砲撃を確認 >>
 全てを押し殺して呑み込んだ冷たい声が、僕を現実に引き戻してくれる。それを頼りに、翼をこすりそうな岸壁の間を、ぎりぎりで駈け抜ける。
 何度目かのカーブを抜けて。
 「ひよっこ、そっちじゃねェ!」
 << 弾着まで15秒……メビウス1、反転しているぞ!南へ向かえ! >>
 …しまった!
 高度に気を取られ、分かれ道の選択を誤った事に気付いて、僕は自分の顔から血の気が引くのをはっきりと感じた。
 曲がりくねった渓谷は、確かに僕らを北東へと向かわせている。今から機首を上げて反転して…間に合うか!?
 << 弾着まで10秒 >>
 「しくじったらごめんよオヤジさん!」
 やりすごして反転してたら逃げ切れなくなる、そう判断するなり機首を上げる。地面すれすれからの上昇だ、上手くすれば2000をやや越えたくらいで何とか反転できるはず。
 << 5…4… >>
 入れ替わっていた空と地面が元に戻る。高度は2200、2100、2000…あと少し、お願い、下がって!
 << …2…1、弾着、今! >>
 二度目の衝撃波に殴りつけられて、機体が一瞬、がくん、と下に押し下げられた。直撃は避けられたけど衝撃の余波を喰らったらしい…少なくとも死ななかっただけいいかもしれないと思いつつ、僕はあれほどの無茶苦茶をしたというのに文句一つ言ってこない後席へと言葉を投げる。
 「オヤジさん、大丈夫?」
 「……おー」
 後ろからの声はちゃんと聞こえた、でもいつもの勢いが無い。まさか、と厭な予感で指先が冷える。
 早く戻ろう…戻って、オヤジさんの顔を確認しないと。無茶しやがってと怒られても殴られてもいい。それで安心できるなら、いくらだって怒られるし殴られる。
 << メビウス1!生きているか! >>
 ひどい雑音の向こうでスカイアイが叫ぶ。大丈夫、生きてるよと答えたけれど、聞こえてるかな、大丈夫かな。
 無線の雑音だけでなく、機体そのものからも時々変な音がする。感心にも割れなかった、けど大きく亀裂の入ったキャノピーから漏れる風の音は、怯えて泣く声のようにも、痛みに悲鳴を上げてるようにも聞こえる。
 ごめんよ、無理をさせて。でもあと少しだから。だからお願い、頑張って。
 満身創痍の機体に言い聞かせるように呟きながら、僕は操縦桿を握りしめた。

 「ばーか、俺がそう簡単にくたばるか」
 オヤジさんはそう言って病院のベッドの上で、ふん、と鼻を鳴らした。
 必死の思いで帰還して、ほとんど不時着状態でその場に崩れ落ちたF-14Aの座席からよってたかって引きずり出されて。
 そのまま青い顔で病院に担ぎ込まれたもんだから慌てて追い掛けて。散々やきもきしながら待たされて病室に駆けつけたなりこれだよ、ああもうこのクソオヤジ心配して損した。
 っつーかアバラ3本に右足ぽっきりやっててその元気とか何なんだアンタ。いや、その原因(着陸というよりむしろ墜落)を作ったのは僕であって、それについての責任は感じているけど。それにしたって。
 「…あんな今にも死にそうな声出しといて良く言うよッ」
 「馬鹿野郎、お前があんな素っ頓狂な飛び方するからあやうく持ってかれるとこだったんじゃねぇか!そもそもあんなギリギリ機動とか…」
 互いに声が大きくなりかけ…看護士さんに凄い目で睨まれてどちらともなく黙り込む。
 「…あーもう、心配して損したよほんとに。良かったよ、もー……」
 あの砲撃で、大勢の人がどこかへ逝ってしまった。あの日のみんなも、昨日まで傍にいた人々も。これで、この人まで連れて逝かれたら…僕は本当に一人っきりにされてしまう。
 そう思ったら怖くなって、その予感が綺麗に外された事にほっとして、そしたら何だか泣けてきて。
 今まで、何があってもずっと泣かなかったのが嘘みたいに、ぼろぼろ涙が出てくるのが止められない。鼻水も出てきてみっともないなあ、と思いながらも、どうにもできずに僕はただただしゃくり上げるだけ。
 「おい、べそべそするなよ、良い年した女が武器にもならねえ涙流しても勿体ないぞ、ただでさえ男に縁がねえのに」
 「…うるさーい…」
 帰らなかったみんなのためになのか、帰る事が出来た僕らのためになのか、それとも両方、あるいはもっと違う何かのためになのか。
 珍しく狼狽えるオヤジさんの手からタオルを分捕って鼻をかみながら、僕はしばらくの間泣き続けた。


最初は3と同じような時系列ばらばら連作書きたいなー、とか思ってた割には気が付いたらミッション追い掛けて展開しつつ、乗り換えイベント&華麗なるフラグクラッシャー。
まあ「後席員死亡」はシリーズ問わず結構よくあるネタなので、あんま他所様と被ってもなあというのも。
砲撃中に間違って谷を逆走は実体験です…