[ISAF]:せなかのむこうに。

 「………え、僕も?出るの?」
 月末の、というか年末の大作戦…なにせ衛星打ち上げを賭けた総力を挙げての防空戦…の説明を受けた直後。
 唐突に告げられたその言葉に、僕は思わずぱかーんと口を開けて間抜けな問いをしてしまった。
 「当たり前だろ、その名の通りの『総力戦』なんだから。地上で遊んでて良いパイロットなんか無い無い」
 オメガ1の至極もっともなお言葉に、それでも慌てて僕は首を振る。
 「…いやそれはそうだけど、機体がなけりゃ上がりたくても上がれないじゃないか」
 なにせ前回の作戦で機体は部品取りにも使えるかどうか状態、もちろん相変らず台所事情の厳しいISAFに予備機はなし、そもそも後席員のオヤジさんは入院中。そんなメビウス隊(現状僕ひとり)がいったいどうしろと。
 「あるじゃあないか、メビウス専用機。先週修理終わったらしいぜ」
 「ぅえ!?」
 にやにやしながらハンガーを指すオメガ1、さっきに輪をかけて間抜けな声を上げてしまう僕。
 いやまあ、確かにずっとハンガーのすみっこで未だにメビウス隊エンブレム付けたままのF-15ACTIVEが(なにしろ台所事情の(以下略)なので部品いっこ調達するにも大変らしく)ちまちまと修理されているのは知ってたけど。だけど。
 「ま、待って待ってまって、いきなりアクティブイーグル乗れって!?僕ひとりで!?そもそも一ヶ月ないよ、機種転換訓練とか間に合うの!?」
 「月末までにきっちり飛べるようにしろ、とのオヤジさんからの伝言だぞ。あと、頼れる先生方を用意したから安心するがいい」
 更ににやにやするオメガ1の横に、レイピア1とレイピア5が並んで同じようににやにやする。あーそうだこの人たち再編成前は戦教にいたとかいう話だよ嘘か本当か知らないけど少なくともすげえ楽しそうなのは事実だよ超やる気だよこのおっさん達。
 「じゃまあ、一時間後に装備整えて来いや」
 「みっちり鍛えてやるからな、ちゃんと付いてこいよ」
 「…おわぁー」

 「やあメビウス1…ここ一週間でちょっと痩せてないかい?良いダイエットになってるようじゃあないか」
 「…ならいっそ君もやってみるがいいよ」
 座学にシミュレータに実機訓練にとめじろ押しな連日のハードスケジュールにくたびれ果てて、食堂でテーブルに突っ伏してぐんにゃりしていた僕の前に座ってそんな呑気な事を言う友に噛み付く元気もなく。
 それでも突っ伏したままの会話は失礼だよな、とぐんにゃり続行中のまま僕はのろのろと顔を上げた。
 「痩せた、と言うよりやつれたな。そこまで難しいのかい、あの機体は」
 「あの子はいい機体だよ、嘘みたいに飛べる。ただ、一人でやらなきゃいけない事が多すぎてさ。ああもう、一人で飛ぶってこんな大変だったっけ?」
 実際に大変なんだけどね…そりゃあもう思わずこんな愚痴めいたものだってこぼれてしまうほど。
 「ひとり、か。俺はそうは思わないがね」
 予想外の言葉に首を傾げれば、「まあ実際後席員はいないわけだがね」と前置いて。
 「彼がいなくとも君の周囲には大勢の人がいるだろう。今そうやって君が「ひとり」でも飛べるように時間と労力を割いてくれている連中もいるし、空に上がれば互いに可能な限り連携して援助しあうのだから」
 素人でもないけど門外漢の言葉ではあるから場違いだったら済まないね、と言いながらコーヒーを啜る彼は、胸ポケットで突然自己主張を始めた携帯に飛び上がるとディスプレイを確認して血相を変えた。
 「…しまった、もうこんな時間か!じゃあ俺はちょっと失礼するよ、頑張りたまえメビウス1」
 コーヒーを一気に飲み干して顔をしかめながら(あれは絶対口の中を火傷した)、あたふたと出て行こうとする背中に、僕は思わず声をかけた。
 「スカイアイ」
 「なんだね」
 入り口の前で足踏みしながらも律義に振り返る友に、僕は小さくクチの端っこを吊り上げる。
 「……さんきゅー。」
 「それほどでも」
 いつもの澄ました顔と声で、彼は器用に片方の眉毛だけを吊り上げる。
 そのまま彼はくるり、と踵を返して廊下の向こうへと消え、残された僕は、ばたばたと慌ただしく遠ざかる足音が遠くなるのを一人聞いていた。
 まあ、彼の言葉はある意味場違いな気休めといえばそうなんだろうけど、やっぱ誰しも袋小路で闇雲にじたばたしているよりかは逃げ道になるものがあったほうが落ち着けるわけで。
 この背中の向こうを振り向いた時に誰もいなくても、隣を見れば誰かがいる。
 そう思えるだけでも今の僕には十二分に必要な言葉だったんだろう、たぶん。
 ……あ、階段落ちたなあいつ。


メビウス1、訓練中。まあ実際の転換訓練はこんな突貫工事じゃいけないんでしょうが。
エースコンバットがなんのかんので「リアル」ではない(実質無制限撃ち放題な機銃だの標準ミサイルの何でもできちゃう万能っぷりだの)「戦闘機乗りのエンターテイメント活劇」である以上は二次創作内であまり厳密にリアルを求めても原作の矛盾が際立つだけだし、かといって嘘に説得力を持たせるだけのリアリティは必要だし、と結構線引きが難しいなあ、と思ってみたり。