[Operation Bunker Shot]:銀の雨降る降る。

 年明け早々に顔を見に行った病室で。
 「結局、病院で年越ししちゃったねえ…えーと、アケマシテオメデトウゴザイマス、だっけ」
 「おう、明けましておめでとうさん…まあ、退院できたところで、このザマじゃあ当分上には上がれねえけどな」
 「リハビリだのなんだの、めんどいだろうねえ」
 「だろうなあ」
 「…このオレンジ、美味いね」
 「窓際に置いてたら随分ダダ甘くなっちまったがな…青いくらいのが美味いんだぜ、これ」
 サイドテーブルの上にカゴいっぱい積まれていた小ぶりのオレンジ(オヤジさんの故郷では「ミカン」だか「ヤカン」とか言うらしい)を剥きながら、だらだらと語り合う僕ら。
 「上陸作戦、決行決まったんだってな?」
 「あーうん、月末。まあ、頑張ってまた上空支援してくる」
 「あ?せっかくイーグルなんだ、対地支援でもしてこいよ」
 「……それがさー…今あの子に積める対地装備、FAEB(燃料気化爆弾)しか無いんだって…」
 「……………そりゃー…上陸支援にゃ向かねえなあ…」
 「でしょ。なのでまた上空なのさ」
 「まああれだ、いざとなったら機銃撃て、機銃。意外とイケるぞ」
 「うっわ無茶言うなあ」

 1月24日、天気予報は曇り時々晴れ。
 …の、はずだった。
 まあ、天気予報は外れるためにある、とは良く言う話ではあるけれど。正午を過ぎた頃から段々と天気は崩れ始め、気が付けばこれはあまりにもひどくない?と思うほどの雨、雨、雨。
 遠くぼんやりと煙る陸地は、時刻と相俟ってのっぺりした灰色の線にしか見えない。時々光る曳光弾や火線、爆発が、かろうじて海岸線の位置を知らせているようなものだ。
 << なんてこった、ほとんど先が見えやしない >>
 << この荒れ模様じゃ、先発隊も制空権取れてるかどうかあやしいね… >>
 僕らの不安を裏付けるように、地上部隊からの悲鳴じみた支援要請が無線に混じり出す。
 << こちらクラウンビーチ、B部隊指揮官のベルツ中尉!ビーチの制空権が未だ取れてない、話が違うぞ! >>
 << こちら作戦本部、増援の航空機を送った。彼らが何とかする。海岸線を確保せよ >>
 答える声は落ち着き払っている。もちろん、この上陸作戦は今まで以上に背水の陣。全く平然、っていう事は無いのだろうけど、じんわりとした、でも確かな温度差。
 << …………わかった、努力する。パイロットたちに大陸で会おうと伝えてくれ!以上! >>
 途切れた会話の後の、ほんの僅かな沈黙。
 << …何とか、ね。よーし、何とかしようじゃないか諸君。これよりレイピアはヘイルビーチの支援に向かう! >>
 珍しく軽口めいたものをこぼしたレイピア1が、大きく翼を翻した。
 << ヴァイパーリーダーより各機、カランダビーチの地上戦力掃討に当たるぞ…視界が悪い、味方に当てるなよ! >>
 翼を振って一斉に東へ向かう、F-2(ヴァイパー)の群れ。
 << オメガ隊、進路3-2-0、クラウンビーチ!味方に近いヤツから仕留めるぞ!メビウス1、援護を頼むぜ! >>
 << メビウス1了解、それじゃお先に! >>
 オメガ1のトーネードを追い越して飛び抜ける、降り注ぐ雨粒を撥ね飛ばすように。
 << …班、左からヘリが来ている!そこに止まるな! >>
 << ダメだ、進めない!支援は…支援はまだなのか!! >>
 予想以上に多いエルジアの戦闘機、地上部隊を執拗に追い回すヘリ、ずらりと並ぶトーチカ…近づくほどに分かってくる現状は、とても厳しい。
 << こちらメビウス、クラウンビーチ応答願います! >>
 ブリーフィング時に教えられたチャンネルを開いて呼びかける。
 << こちらクラウンビーチ!支援航空隊か!?そちらの編成は? >>
 << メビウスはF-15ACTIVE1機、それとオメガ隊、TND-IDS3機とF-14Aが2機の5機編成です!どこをやればいいですか! >>
 << ビーチ東側に砲台が…オメガはそっちを潰してくれ、遠慮はいらない…メビウスはビーチ上空のハインドを頼む、重武装が沈んで応戦できないんだ >>
 << 了解、これより攻撃に入ります…後もう少しだけ、踏ん張ってください! >>
 << 頼んだ!………上空に味方機が来ているぞ、諦めるな! >>
 無線の向こう側で叫ぶ声を轟音が掻き消した。近くで爆発があったんだろうか、急がないと。
 雨に霞むビーチの上を飛び回るヘリを確認して、遠慮も会釈もへったくれもなく叩き落とす。
 ほんの少し遅れて到着したオメガ隊のみんなも各自の仕事を始めたんだろう、ビーチに派手な閃光が見えた。ちょっと遅れて爆発が起きたから、これで敵地上戦力の何割かが減った、はず。
 << ヘリの全機撃墜を確認、これで前進できる…いいぞ、砲台が吹っ飛んだ!ついでだ、上のクソッタレ共も追い払ってくれ! >>
 << オメガ了解。メビウス1、まだ地上に対空兵器が残ってる。俺らで潰すが、上に気を取られすぎるなよ! >>
 敵地の真上だ、脱出できても救援はないぞと言われて、そこで改めて気が付いた…そういえば陸地の、しかも大陸の上を飛ぶのは久しぶりだ。
 前に飛んだのはフェイス=パーク、あの時と違って、ここにはストーンヘンジも届かない。逆に言えば、ストーンヘンジの射程外だからこそ、僕ら航空戦力を最大限に利用するために、本当なら上陸には向かないこの入り江が選ばれてるわけで。
 つまり、陸軍の人たちがこうして必死になっている埋め合わせをして、おつりが来るほどの戦果を上げろと言われているようなもの、って事か。ほんと、偉い人たちは無茶苦茶言ってくれる。僕らを一体何だと思っているのやら。
 ただ、無茶でもやらなきゃいけない時は確かにあって。毎度毎度そんな時ばかりのISAFにとっても、今はこれ以上ないくらいの「その時」で…だから僕は、僕らは、
 << さあ行くぞ、味方を攻撃しているやつは全部ブッ飛ばせ! >>
 << 了解! >>
 負けられない。

 もう何度目だか分からないくらいの空中戦。地上の流れがこっちに向いてきた現在でも、上空(うえ)は相変らず騒がしい。
 相手はMiG-29やトーネードがメインで、こっちは多少小回りがきくといってもやっぱり大型のF-15、結構追い掛けるのも大変だ。それほど多くは無いし、大概は地上の味方部隊を追い回すのに夢中になってるヤツばかりだから、推力にものを言わせて食い付けるけど…さすがに、ちょっとしんどい。
 もちろん、僕だけが大変なわけがないのだけど、弾薬も残り少なくなってきているし、ここが一段落したら、一度補給に帰って…
 << こちらB部隊のベルツ!クラウンビーチにA-10が接近中だ!…こっちの戦力じゃ防ぎ切れん! >>
 << 退避!退避ーーーーー!!!! >>
 << 全機、中央のビーチに急行しろ。連中に好き勝手させるな、上陸作戦のやり直しはできないぞ >>
 地上部隊の叫び声。スカイアイの声はいつも通り。ただし、底に潜んだ温度はいつもの数割り増し。この状況下じゃ、いくらアイツだってそりゃあ焦る。
 それはこっちも同じ事…低空低速域での機動はあっちに分があるし、何より視界が悪すぎて確実に上や後ろを取るのが難しい。それでも、せめてロックをかけ続ければ地上攻撃だけに構ってはいられなくなる…それで少しでも被害を抑えられれば。
 そう思って気ばかり急いても、先程から一転してこちらに纏わりついてくる戦闘機を放り出す訳にはいかない。
 ビーチのどこかで、爆発が起こった。たぶん、車両が何台かやられてる。
 誰かが、口にするのもはばかられるような悪態を呟いた。もしかしたら僕だったかもしれない。
 噛みしめすぎたらしい唇から、血の味がする。操縦桿を握る手はいい加減痺れてきている。捉まえられそうで捉まらない相手への苛立ちで集中力も削がれ始めている。
 それでも、それでも。
 << …メビウス1、敵機撃墜! >>
 スカイアイの声を他人事のように聞きながらターン、低空を這うA-10を一機捉まえる。弾薬の残数を確認して、あまりの少なさに思わず舌打ち。
 だからって、躊躇う訳にはいかない。
 地上部隊を捉えたらしいA-10の旋回際を狙って、取っておいてた…と言えば聞こえはいいけど、実を言えば最後の一発を撃つタイミングを見失って余ってたAMRAAM(中距離空対空ミサイル)を叩き込む。
 << メビウス1が一機やったぞ! >>
 << レイピア5、A-10撃墜! >>
 << ヴァイパー2、敵機撃墜! >>
 立て続けのスプラッシュ・コールに空気が明るくなる。けれど、それも一瞬だけ。まだ終わっていない。
 とはいえ、アクティブのウェポンキャリアーはすっからかん。逆さにして振ったって何も出てこない…いっそ撃ったらミサイルがどこからともなく生えてくる、とかしてくれれば楽なのに。
 さすがにもう離脱するべきかも、半分は墜とせてるんだし、まだ余裕がありそうな人も…
 << メビウス1、そっちに一機行ったぞ! >>
 うそお。

 うん、確かにオヤジさんは「いざとなったら機銃撃て」って言った。確かに言ったけど。
 ……まさかマジで、しかもA-10とガンファイトすることになるとは思わなかった。

 << …機銃でイノシシ狩りとかどんだけ無茶苦茶するんだこの魔女っ子め。 >>
 << 正直二度とやりたくないです。 >>
 ビーチを襲った6機のA-10のうち、僕らは5機を撃墜。最後の1機は護衛機もろとも泡を食って逃走、まあ無理に追う必要はないわけで。
 << よし、B部隊がクラウンビーチを確保した模様!司令部、作戦は成功だ! >>
 スカイアイの声に、落ち着いた声が返る。
 << 了解、よくやった諸君。ベルツ中尉、パイロットたちに伝える事はあるか? >>
 中尉の声は、聞こえなかった。
 無線から流れる、僅かなノイズと、その向こうのざわめき、そして。
 << こちらクラウンビーチB部隊、コリンズ軍曹。指揮を引き継ぎました。……航空隊の支援攻撃に、感謝します >>
 いつまでも続くような沈黙の後に、押し殺した声が告げる。
 << ……………作戦本部、了解。作戦を終了する >>
 僕たちは、無言で翼を翻した。誰も、何も言えなかった。
 戦争なんだから、必ず誰かがどこかで死ぬことは、中尉だけでなく、たくさんの人たちがこの作戦で還らない人になったであろうことは、それは分かってる、けれど。
 それでも、もしかしたらと思ってしまう事は止められない。それに、一緒に戦ったひとを悼む事すらできなくなったら、それはもう、何かがダメになってしまっている、そんな気がして。

 雨は結局、翌日の夜半過ぎまで止まなかった。


エースパイロットといえども戦場そのものは変えられない、というのを痛感させられる、全ミッション中屈指の「しんどい」ミッション。
みんなを救えるような都合のいい展開は有り得ないと分かってても、「ごめんなさい」と呟いてしまうミッション。