[Escort]:一期一会。

 春は出会いと別れの季節、とは良く言ったもので。
 上陸作戦以降、順調に…とまではいかないけれど、それなりに妥当な戦果の下に、ISAFはロスカナスに前線基地を確保する事ができ、再々編成を行った。
 もちろん僕ら航空隊にも新しい機体が配備されたり、配置転換があったりと、結構慌ただしい。
 とはいえ、僕の所属は相変らずのメビウス隊、機体も相変らずのアクティブイーグル…尾翼にリボンを飾った濃紺の機体にも、もうすっかり慣れてしまった。
 「合ってるみたいじゃねェか、その機体」
 「まあ、僕の相棒だからね、この子は」
 退院してから2ヶ月、まだリハビリ中ではあるけれど、ぱっと見はもうすっかり本調子にしか見えないオヤジさん(ほんと無駄に元気だなこのおっさんは)がそんな言葉と一緒に放ってくる缶コーヒーを受け取って、軽口を返す。
 「いっちょまえの口利くようになりやがって」
 口元をひん曲げながらも、オヤジさんの目は笑っている。僕も、それに口の端っこを吊り上げて答える。
 「まあ、うまくやってるようで何よりだな…お前が言う通り、そいつはテメェの相棒だ。大事にしてやれよ、[メビウス1]」
 「うん」
 重くもなく強くも無く、何て事ない調子で投げられたその言葉に、どうやらようやく「ひよこ」から「メビウス1」に昇格したらしい僕は、決して軽くはなく、でも素直に頷いた。

 その日は朝から、どんよりとした曇り空。
 お仕事とはいえ、こんな日に哨戒飛行が回ってくると…なんとなく損した気分になる。まあ、雲の上に出ればいつだって青空なのだけど。
 思わず溜め息をつきかけて、僕はそいつを慌てて呑み込む。
 『厄介事はいつだって気が抜けた瞬間にやってくる』とは隊長のお言葉だ。実際、それを裏付けるような目にだって何度も遭ってきている。コンベース港だとかフェイス=パークだとか。
 とはいえ、まさかこんな所で黄色中隊と遭遇したり、あまつさえストーンヘンジが撃ってくるなんて事もないだろうけど。
 << …メビウス1、悪い知らせだ >>
 僕の予想、というか希望、というか何というか…とにかく全てを裏切ったのは、お約束のようなスカイアイの声。実は君こそが災厄の使者じゃないだろうな、おい。
 << たった今、この付近でエルジア軍の戦闘機に追われているという民間航空機からの救難要請を受けた。場所はここから北西の丘陵地帯上空。旅客機は2機…うち1機は何らかのトラブルにより、かなり高度を下げて飛行しているらしい。ロスカナスからもヘイローとレイピアが飛び立ったが、まだ遠い。彼らが到達するまでの時間稼ぎでいい、旅客機の離脱を援護してくれ >>
 << メビウス1了解。 >>
 …って待て、今物凄い事言ったぞスカイアイ。
 << 民間機を攻撃?いくら戦争ったってそんなトチ狂った真似をするような国だったっけ、エルジアって? >>
 訊ねながら、燃料計を確認。まだ大丈夫。ぶらさげてきたサイドワインダーもAMRAAMも当然ながらフルセット。
 << ……今確認が取れた。旅客機の乗客は亡命者…ストーンヘンジ設計に関わった技術者と、その家族が含まれているそうだ。それはエルジアもトチ狂うだろうさ…だが、そうとなれば余計見過ごす訳には行かないだろう >>
 そんな会話を交わす間にも、遠くの空に小さな影が二つ見えてくる。
 << こちらISAF空軍早期警戒機「スカイアイ」です。状況を説明してください >>
 いつもより少しだけ柔らかい声に、悲鳴にも似た叫びが返ってきた。
 << こちらエアイクシオン702便、エルジア軍機が高度23000で接近中、急いでくれ! >>
 << こちら701便。離陸時に機長が負傷、現在副操縦士のナガセが操縦しています >>
 続けて、女の人の声。声色は少し焦っているけれど、乱れがない。凄いな、相当肝の据わった人だ。
 ともあれ、怪我人がいるとなると余計に責任は重大だ。ヘイローとレイピアのみんなが着くまで、なんとかエルジアの気を引かないと。
 << 了解。護衛機がそちらに行きます、そのまま進路を維持してください >>
 一瞬の考えを吹き飛ばすように、いつも通りの落ち着いた声が、いつものようにお決まりの言葉を告げる。
 << 作戦空域に入った、交戦を許可する! >>

 高度計が、目まぐるしく表示を変える。空と地面が入れ替わるのが何度目かなんか、とっくに数えるのを止めている。
 撃墜が3機、追い払ったのが2機、新手が…3機。
 << 高度23000、702を狙っているぞ、やらせるな!……エアイクシオン701、どうにか高度を上げられませんか?そのほうが護衛しやすい >>
 << …ネガティブ。客室内の気圧が保てないため、高度を上げられません >>
 ナガセさん?だっけ、相変らずの揺るがない声で、彼女はそれでも口惜しそうに答える。機長の怪我に困難な気圧維持…離陸時に攻撃されたんだろうか。
 << 了解…メビウス1、済まないが何とかカバーしてくれ >>
 << メビウス1了解。701、そのまま高度と速度を維持してください。可能な限りバックアップします >>
 << 了解、やってみます。…あとはもう、あなたを信じるしかない >>
 その言葉を背に、ほとんど垂直に舞い上がる。高度計の数字が凄まじい勢いで大きくなっていくのを視界の隅でカウントしながら、702便へと追い縋る機影をロック。
 << メビウス1、FOX3! >>
 射程内に収まっているのを確認、ぶちかます。気付かなければここでいただき、気付いて逃げれば702への攻撃チャンスは減ってくれる。何よりも僕という「ウザい奴」を認識させて、先に片付けようという気にさせてしまえば、少なくともその間の時間を稼げるのだし。
 気付かなかったのか間に合わなかったのか。1機が爆散、1機が翼を吹き飛ばす。大きく避けた残りの1機が…こっちに注意を移した。狙い通り。
 の、はずだった。
 << 高度6000に多数の機影を確認! >>
 << …こんちくしょうッ! >>
 スカイアイの声に、思わず叫ぶ。向こうが完全にこっちを意識している以上、墜とそうにも追い払おうにも、そう簡単にいかない。だからって、こいつを放って降りれば702が危ない。
 なんとか誘導して引きずり下ろせば…ダメだ、701を狙う敵が一つ余計に増えてしまう。
 どうしたら、と一瞬だけパニックになりかけた僕にとって、
 << 待たせたな、メビウス1! >>
 << 魔女の騎士がお目見えだ、新手は任せろ! >>
 ヘイロー1とレイピア1の声は、だから涙が出そうなくらいに有り難くて心強いものだった。

 作戦終了後、給油してもらって、どうにかロスカナスに帰還。コクピットから何とか這い出し、よろよろしながら装備を下ろして、予定外のエスコートは無事終了。
 そのままシャワーもそこそこにぶっ倒れて寝ていた僕は、だからナガセさんの言葉を、伝言という形でしか聞けなかった。
 「幸い、乗員乗客ともに無事だったそうだよ。『本当に、ありがとう。貴女が戦ってくれたから、私たちも戦えた。』との事だ」
 そう言った彼女は元戦闘機乗りらしいとスカイアイから聞かされて納得。あのテンションコントロールは修羅場くぐってきていたからこそ、か。
 「…あと、『貴女とは直接話してみたかった』…だ、そうだ」
 「……僕も、そう思うよ」
 僕にとっては色々な意味で「先輩」な人。この先、同じ空は飛んでいても、おそらく二度と逢えない人。
 …少し、もったいなかったな。


タンゴ線すっとばしてエアイクシオン護衛…まあ、序盤ですでに幾つか飛ばしてますし。
2はやったことないですが、ミッション内でのセリフの雰囲気とかから701便のナガセさんは「エッジ」なのかなあと何となく思います。作中でメビウス1も言ってるような「経験に基づいたテンションコントロール」で平静を保ってるっぽさが。