[Emancipation]:眼下に広がる星空を。

 開戦と同時にエルジアに占拠された中立都市、サンサルバシオン。
 この小さな街の、綺麗に整備された町並みが歴史文化遺産に指定されているという事は、ずっと昔、小さい頃に訪れた時は知りもしなかったけど。
 立地条件や都市の性格上、昔から何度も侵略されては解放され、その経験から中立を謳いながらもまた侵略されては解放される街。
 今回の作戦は、何度目の解放作戦なんだろう。
 << 間もなく市内の灯火管制がレジスタンスの手により解除される。確認次第作戦開始…抵抗拠点を叩いて都市制圧の支援を行え >>
 良く通る声が告げるのを待っていたかのように、眼下に一斉に煌めく光。
 連なる光は、昔歩いたあの町並みを綺麗になぞっている、はず。
 << オメガ隊各機、方位1-4-0! >>
 << ヘイロー、目標新市街。展開中のヘリ部隊を叩くぞ >>
 打ち合わせ通りに東西へと分かれて向かう光点を見送って、僕らもまた目標に向けて進路変更。
 << こちらヴァイパー、これよりサンプロフェッタ空港へと向かう。メビウス、レイピア、援護を頼む >>
 << レイピアリーダー了解。メビウス、ヴァイパーの邪魔をされないよう、なるべくエルジア機が上がる前に叩くぞ >>
 << メビウス1了解。 >>
 << メビウス2了解! >>
 << 無理はしないでよ?僕らだけじゃないんだ。相手を減らせなくても、引きつける事ができればいい >>
 やたら気合いの入ったコールに思わずそう口にしてから、今まで散々無茶苦茶してきたくせに偉そうな事言えたもんじゃないな、と苦笑い。
 << 今まで無茶しまくりな奴に言われたくねえや、なあヒヨッコ? >>
 案の定、オヤジさんが混ぜっ返してきて。
 << だから「ヒヨコ」じゃないって言ってるでしょうが! >>
 予想通りのメビウス2の悲鳴。ああやっぱり。
 そんな和やか(?)な空気を断ち切るように、そろそろ攻撃可能な距離だと教える機器類。それを横目に、まだ目視では遠い空港の灯を、すでに空へと上がりつつある何機かの光をこの目でも確認して。
 各機が一斉に散る中、僕らもまた、各自の仕事をするべく翼を翻した。

 << 隊長、俺の後ろに黄色が!くそう振り切れねえええええ! >>
 << ごめん、僕も張り付かれて…! >>
 メビウス2の悲鳴を聞きながら、しつこく食い付いてくる黄色い翼を何とか振り切ろうと足掻く。
 あらかた空港の機能は奪ったとはいえ、他所から飛んでこられるのはかなわない…そいつが黄色中隊込みなら、なおさら。
 いつもの5機じゃなくて3機(うち一機は先程撃墜)だし、周囲にレイピアもヴァイパーもいるから集中攻撃はされずに済んでいるけど、結局混戦な事に変わりはなく。振り切っても追い払ってもらっても他の機がつくし、そのうちそれと交代するようにしてまた黄色がマークしてくる厄介な状況。まずいな、完全に目をつけられてるよ僕ら。
 ただ、不幸中の幸いなのは、確かにしつこいし厄介だけど、初めて出くわした時やコモナの時のような恐ろしい飛び方をする機がいない、ということ。
 一時期のISAFのように、機体の万全な維持が難しい状態なのか、それともあの黄色ですら、新人まで投入しなければいけない状況になってきてるのか、そもそも「あのひと」がいないのは何故だろう、とか…疑問は上げていけばきりがないけれど。何にしろ、コンベース港で味わった「逃げ出す隙間を見つけられたのが奇跡」な包囲網がないのは正直ありがたい。
 そして、
 << 捉まえたぜ、撃てヒヨッコぉ! >>
 << メビウス2、FOX3! >>
 無理に相手を減らそうとしなくていい、引きつけておければいい…僕は、ひとりではないのだから。
 執拗にマークされていても、決して抜けられないわけではなく。そして抜け出せさえすれば、僅かな間でもチャンスは来るし、オヤジさんの「目」がそのチャンスを逃さないのは隊長(ああ、今はもう僕が隊長なのか)の後席にいたころから変わらない。
 僕に夢中になっていたのか、もう一機の「リボンつき」を、ISAF空軍そのものを侮ったのか、回避行動すら見せる事なく煙と炎を噴いて落下していく黄色い翼を置き去りに、僕は相棒を反転させる。
 << ナイス、メビウス2!感謝するよ >>
 << 礼は俺よりもオヤジさんと、レイピア5に言ってほしいっす >>
 << なあに、礼を言うのはこっちだ…初の黄色撃墜、ありがたくいただいたよ >>
 アクティブの後方についたF-14Dを、胴体横に細剣を飾ったホーネットが追い越していく。通り過ぎざまに軽く片手をあげるレイピア5の姿が、ちらりと見えた。
 << オメガとヘイローも抵抗拠点の戦力をあらかた削いだようだ。後は適宜地上戦力の支援を… >>
 言いかけたスカイアイの声が、一瞬途切れた。彼がこんな尻切れトンボな言葉を発する時は、大概続けて厄介事が発覚すると相場が決まっている。
 イヤな予感は、ものの数秒とたたずに確定。
 << 北西よりTU-160が多数侵入、市街地に接近中だ。ただちに撃墜せよ >>
 …ブラックジャック?マジで?
 << まさか焦土作戦でもやらかすってのか!?正気か、エルジアは! >>
 << そうとは限らないぞ、メビウス2 >>
 僕の内心を代弁するような叫びに、意外と落ち着いたオメガ1の声。
 << …どういう事すか >>
 << 確かにヤツらの足の早さも火力も、そこらを手当たり次第焼き払うのに使えるが…俺らを引っ張り回すためにも十分使えるってことだ >>
 << 遅滞戦闘が目的だっての?でも、ほんとにそうだと思う? >>
 << わからん。俺らがここで考えたって向こうの真意なんぞ分かりようが無いし、どっちにしたって厄介な事に変わりはない。ただまあ、無闇な思い込みは危険だって話だ。 >>
 今度は僕からの問いに、オメガ1はさっくり答える。
 ただ、お偉いさん方は「焦土作戦を決行したエルジアからサンサルバシオンを救ったカッコいいISAF」になりたいかもしれんがね、と付け加えたその声は、ほんの少しだけ、苦いものを含んでいて。
 これまでにも結構なキャリアを積んでいるはずの彼のどこかに、何か小さなささくれを…彼にしては珍しく、ささやかな毒を含んだ言葉を発したくなるような記憶を残す、そんな出来事があったんだろうか、と思いながらも。
 << …行くぞ、俺らは俺らの仕事をするしかないからな >>
 << メビウス1、了解 >>
 その余韻を振り払うようにきっぱりと言い切った声に、僕も、短く返答を返した。


 結局、市街地に届く事なく撃墜されたTU-160が何をしたかったのかはわからないまま。僕らの中に何となくすっきりしない物を残しながらも、作戦は成功を収めたわけで。
 それでも、深夜の街に響き渡る歌声や熱狂的な叫びを中継するテレビの画面を見れば、結果としては悪くなかったよね、と思えるのは…収穫と思っていいんだろう、うん。
 「…サンサルバシオンもついに解放、か」
 「……あれ、もしかして地元?」
 食堂でテレビ画面を眺めつつ、ぼそりと呟く声がふと気になって、隣を見上げて訊いてみる。
 色白な肌に干し藁色の金髪、コクピットに納まるのか心配になる長身(いやまあ、納まるからパイロットやってるんだろうけど)と、どう見ても中央ユージア出身に見えないメビウス2の口から出てくるとは思えない場所の名前だったから、というのもあるかもしれない。
 「俺のっつーか、オヤジの地元すね。だもんで、ガキの頃ちょっとだけ住んでたんすよ」
 実家は今エメリアなんで、と答える言葉にああなるほど、と頷きかけて。
 「……エメリアぁ!?」
 唐突に出てきた北国の名前に思わず素っ頓狂な声を上げる僕。ちょっと間抜けだけど驚いたんだから仕方がない。
 だってエメリアっていったらアネア大陸だよ、海越えてるよ、ユージアじゃないよ。
 「え?あれ?ここにいるって事はISAF加盟国のどっか出身だよね?なんでエメリア?」
 「オカンの実家がエメリアなんす。で、ユリシーズ騒ぎん時にオカンと弟が親戚を頼って首都(グレースメリア)に。俺は学校入ってたから居残りで」
 父方の爺さんがエルジアの人だからそっち行くのも考えてたんすけど、爺さん運悪く街ごと吹っ飛んじまったもんで…と複雑な表情で呟くメビウス2。
 それも大変な話だけど、それ以上に当時は大国の財布と食料庫を当てにした大量の避難民が雪崩れ込んで大変だったことを考えたら、エメリア行きは正解だったのかもしれない。
 その後も収まらなかった混乱が、それによって追い詰められたエルジアが今の戦争を引き起こすきっかけになってしまった事を考えると、余計に。
 …ダメだなあ、どうにも思考が暗くなっちゃう。
 「……一段落ついたら、やっぱ君もエメリア行くの?」
 話題を変えようとした僕の意図に気付いてくれたのか、彼は表情を一転させて「そうしたいっすねえ」と笑う。
 「よし隊長、俺、この戦争が終わったら家族に会いに行くっすよ…隊長とオヤジさんもどうすか?オカンの料理マジ最高なんで食わせてあげたいんすけど」
 「…いやそれは何か危険な宣言っぽいからやめとこーよ」
 「やっぱダメっすかね」
 「ダメだと思うなあ」


サンサルバシオン解放戦。二次ミッションのブラックジャックの意図が見えないんですよね、なんか。味方が「焦土作戦か!」とか言ってる割には、あんま市街地に爆撃されてないような、そのくせ結構な早さで逃げ回るような。
まあ、実際どうなのかは分からないままでいいのかなと思いつつ、メビウス1やメビウス2の妄想プロフィールの一部なぞ書いてみたり。魔女っ子はいわゆるラテン系(南仏系かイタリア系を妄想)とか、メビウス2は北方系ベースだけどいろんな民族のミックスですとか。
ちなみに13がいないのはインターミッションで不審者(ハモニカ君と酒場のお嬢さん)を取り逃がした責任で謹慎中とかそんな感じです。