[Whiskey Corridor]:左手に毒酒、右手に美酒。

 空は快晴、視界良好。レーダーもクリア。
 ただし、僕らの気分も晴れ晴れと、とはいかない。
 眼下に広がる平野…通称[ウィスキー回廊]に展開されるのはエルジアの総力をつぎ込んだといっても過言じゃないほどの絶対防衛ライン。ここ最近上がり調子と言ったところで、結局台所事情の厳しさが(再初期よりは段違いにマシとはいえ)改善されてるわけじゃないISAFとの間には、ブリーフィングで示された数字を思い返すだけで気が滅入るほどの戦力差。
 陸軍も海軍も相当厳しいらしいけど、空軍でもそこらへんは実を言えばどっこいどっこいで。お隣の大陸の某大国が『ユージアの自由を取り戻すための協力』とかいうお題目の下にご自慢の最新鋭戦闘機を提供してくれるとか言ってたくせに、導入が遅れまくっててみんな…特に乗り換え予定の連中は不平たらたらだ。
 << スカイアイより全機へ。この大規模陸戦における我々の任務は近接航空支援だ…可能な限り多くの敵を破壊し、友軍の前進を援助しろ >>
 作戦開始まであとちょっと、スカイアイの声はいつも通り。あの鉄壁の声をひねり出し、たとえ揺らいでも一瞬で捩じ伏せる精神力はどこから沸いて出るのか、僕はいつも不思議でたまらないと同時に、それを可能にする友を心から尊敬する。
 そんな事を思いつつ、作戦開始。地上部隊が前進開始したとの合図を受けて、僕らも目標地点へと向かう。
 編成はすっかり定番になりつつあるオメガ隊と僕らメビウス隊、それと他所の部隊からのF-16。レイピアは同じく他所から来ているA-10の護衛をしながら中央戦線の上空支援、ヘイローは中央奥に確認された大規模な砲台陣地を攻撃に、ヴァイパーは東側の旧アンカーポイント・シティに展開する部隊を叩きに、とそれぞれ別行動になっている。
 編成の細部は違うけど、こうして苦戦を強いられると分かっていても進むしかない地上部隊の支援のために飛んでいる、という状況は何となく、あの雨の海岸を思い出させて。
 << やあ、117飛行隊。お初にお目にかかるな、こちら106飛行隊のサイレン1だ…リボン付きが2機いるが、噂の[リボンの魔女]はどっちだい? >>
 物思いに沈みかけた僕を引き戻したのは、合流したF-16から飛んでくる、陽気な声だった。
 << 初めましてサイレン1。僕がメビウス1だよ >>
 << …こいつは驚いた!魔女って言うからどんだけおっかねえ女かと思ってたが、やたらと可愛い声のお嬢さんじゃないか…あ、いや、気に障ったならすまん >>
 << …え?いや、別に… >>
 予想外といえばかなりの予想外な言葉に、僕は思わず言葉に詰まる…この状況下で、というのもあるけれど、まさか声だけとはいえ「かわいい」とか言われるなんて微塵も思って無かったし。
 << リーダー、口説くのは終わってからにしといて下さいよ! >>
 冷やかしなんだか説教なんだか良く分からない笑い声が無線に飛び込んでくる。
 サイレン隊ってみんなこんなノリなんだろうか…いいのかなあ…。
 いやでも、バンカーショットを思い出して滅入りかけてた気分をちょっと上向きにさせてくれたのは感謝しよう、そうしよう。
 << マジメにやらないと奥さんにチクりますからね! >>
 << そいつは勘弁してくれ、俺はまだ死にたくないぞ >>
 ………いいのか、ほんとに。
 << 敵防御陣地まで4マイル…識別不明機が複数接近中だ。方位は2-3-0、メビウス1、サイレン、ただちに迎撃してくれ >>
 やっぱり揺らぎのない声で、スカイアイが「お出迎え」の来訪を告げる。…アイツの事だからこの展開に内心笑い転げてるのは想像に難くないけど、今はそんな事言ってる場合じゃない。
 << サイレンリーダー、了解 >>
 << メビウス1了解! >>
 << オメガはこのまま前進、防御陣地への攻撃を開始する。ついてこいよ、メビウス2! >>
 << メビウス2了解。隊長、上は頼むっすよ >>
 それぞれの答えを残して、編隊が綺麗に分かれる。
 僕のアクティブ(相変らずの上空支援装備)はサイレン隊と上へ、メビウス2のF-14D(見事なまでの爆弾猫)はオメガ隊と南西へ。
 上昇しながら、大丈夫かな、と視線を一瞬だけ下へ向ける…攻撃を開始したのか、視界の片隅で、爆炎が上がるのがちらりと見えた。

 思った以上に手こずる事なく、むしろ拍子抜けするくらいにあっさりと、僕らはこの辺り一帯の制空権を手に入れつつあった。
 オメガのみんなも、同伴したメビウス2も、順調にSAMやトーチカ、戦車を潰していっているらしい。
 << …偵察部隊が敵の後退…確認…追撃を開……るぞ! >>
 << ……砲撃の手…緩め……な…! >>
 地上で飛び交う無線は、どこの部隊のものだろう。
 << …サイレン5、敵機撃墜!……こいつもか >>
 << これじゃ戦闘じゃねえな… >>
 駄目押しか、悪足掻きか、続々と飛んでくるエルジアの戦闘機が現れるたびに緊張が走っていた僕らの間に、次第に重苦しい空気が漂い出す。
 最初は気のせいかと思っていたけれど、そうじゃない。ここ最近…サンサルバシオンの時といい、エルジアの戦闘機乗りの動きが、以前に比べて明らかに鈍い。
 たぶん、ノースポイントに撤退した頃前後のISAFに近い状況なんだろう。ずっと続く激戦で熟練パイロットは限界に追い込まれ、その穴を埋めるためにルーキーが経験を積ませてもらう暇も無く空に駆り出され、そして墜とされていく。
 一歩間違えば、僕もそうなっていたはずだ。ただ、そこでISAFはギリギリ踏みとどまれたから、僕は幸運にもこうしてまだ飛んでいるだけで。
 << ……おい、見ろ!…俺達の上にリボンのエンブレムがいるぞ!メビウスだ! >>
 このエリアに関してだけならば、明らかに優勢に偏り始めた地上部隊のどこかが、上を通過した僕らに気付いて声を上げた。
 << 本物か!?…本物だ!本物のメビウス1だ! >>
 << リボン付きが支援してくれてるんだ、勝てるぞ! >>
 そんな大した事してないよ、と思わず苦笑が零れる…この作戦の本当の主役は地上部隊で、僕らはそれを支える脇役でしかないんだから。
 それでも声に応えて翼を振り、再度上空の哨戒に戻ろうと上昇する。
 上から見下ろす戦場は、高度のせいもあるのだろうけど、妙に現実感が希薄で。時折、それに「慣れて」しまわないかと怖くなる。
 火線が飛び交い、炎が上がるその度に誰かが傷つき誰かが斃れている事に、僕自身もその一端を担っている事に。
 戦争で兵士がする事なんか極論言ってしまえば人殺し、それは否定はできない。それができなきゃ自分が死ぬのも乱暴ではあるけど事実の一つで。
 ただ戦う事や争う事はその場の感情だけでもできるけど、戦争はその後も考えて二手三手先を読まなければいけないから、素面でないとできない…そんな事を昔誰かに聞いた事がある。
 前線で落ち着いて何かを考える時間はとても少ないし、考えようという余裕はもっと少なくされていく。殺す人間、殺される人間、その数を増やすも減らすも、それを考える指揮者次第。
 一番上で、一番遠くを見渡すべき人間たちが、どれだけ素面でいられるか。

 少しずつ追い詰められているエルジアと、徐々にその喉元に迫りつつあるISAFと。
 恐慌に、高揚に、酔っているのは…さあ、どっちだ?


ウィスキー回廊の戦車戦…全く対地戦闘書かずに何がウィスキー回廊だ。
対地戦が半端無く苦手なので面倒な割に印象が薄いミッション、という認識なためか、何度プレイし直しても本気で書く事が思いつかなくて困った揚げ句にエルジアの追い詰められっぷりを今更ながら書いて見たり。実際のところはS.T.N陥落あたりからじりじりと転げ落ちていっているのかな、という感じがしますが。