[Farbanti]:刻む数字。

 9月19日。
 この日付は、僕にとっては忘れられないものだ。
 あのひとを、みんなを大陸の空に失くして、次は自分の番だと怯えながらも空に上がった日。
 ( 君のコールサインは[メビウス1]だ )
 あのひとのコールサインで呼ばれて、思わずその姿を探してしまい…誰もいない現実に打ちのめされた日。
 ( 今日は俺の誕生日なんだ、勝利をプレゼントしてくれないか )
 初対面の女にいきなりバースデープレゼント要求するとかどれだけ図々しい男なんだ、と呆れ返り、そのおかげで限界まで張りつめていた緊張を雲散霧消させてくれた、親愛なる大馬鹿野郎である管制官と出会った日。
 そして。
 あの日から、きっかり1年。
 << 戦争の結末は、君たちにかかっている。全機、生き残れよ >>
 エルジア首都、ファーバンティを見下ろす夕暮れの空の下、今ではすっかり聞き慣れた声が静かに告げる。
 << …ああ、そうだメビウス1。今日は俺の誕生日なんだ >>
 << うん、知ってるよ >>
 いつもの声で、いつものように、去年と同じフレーズを、スカイアイは口にする。僕もいつもと同じように、何でもない顔でそれに答えを返す。
 << 終戦記念日を、プレゼントしてくれないかな >>
 << またえらい注文をしてくれるね、君は。図々しいにも程があるよ >>
 答えながら、思わず口の端っこが吊り上がる。本当、君は図々しい男だ。狙ってやっているのなら、もっと図々しい男だ。
 誕生日プレゼントに人の思い出、それに不安や恐怖まで根こそぎ持ってこうとするんだから。
 いいだろう、だったら全部くれてやるさ。持っていけよ、我が親友殿。
 << …ファーバンティに丸ごとリボンをかけて進呈、だなんて無茶苦茶させるんだ。僕の誕生日には倍返しを要求するからね、覚悟しとくがいいよ >>
 << それは怖いな >>
 スカイアイがそう言って少しだけ笑い…一瞬の沈黙の後、良く通る声で高らかに告げた。
 << 作戦開始…全機、交戦を許可する! >>

 眼下の市街地に、火線が走る。目の前の空にも、時折爆炎が閃く。
 手当たり次第かき集めてきたとしか思えない雑多な戦闘機が、はっきりと目視できるほどの距離を時折かすめていく。
 たった今僕が追いかけているのも、試験評価機であることを示すカラーリングのまま、それでも翼の下に武装を下げて飛ぶF-15ACTIVE。
 ISAFでは僕の相棒の他に数機が実戦に出ているのは知っていたけど、エルジアではF-15自体そんなに採用されていないと聞いた事があるし、まさかこんなところで同機種と遭遇するとは思わなかった。
 できればマトモにやりあいたくはないのだけど、相手もイーグル、ここで放置して推力任せに振り切るのは無理を通り越して無謀だし。さっきからきっちり逃げ切っているあたり、こっちにできる小手先はあっちにもできそうだし。
 とはいえ、愚痴ったり泣言言ったりしてる暇は欠片も無いわけで。
 相手が、何度目かの旋回に入る。僕もそれを追い掛けて旋回、ではなく、機首を上げてそのまま反転。斜め上方から追い縋り、ロックされたのを確認するなりサイドワインダーを発射。
 ホントに基本中の基本のテだけど、まあでも、(これは僕自身も良く言われる事だけど)小手先が上手い相手ほど直球に弱い、というのもまた事実。困った時こそ基本だと昔の偉い人も言ってた…はず。
 それが間違ってなかったのを確認して、段々と色調の変化していく空を飛び抜ける。
 薄く煙を噴き上げるジョンソン記念橋の上空で、僚機と合流。工兵隊が間に合わずに一時は突破されるかと危ぶまれていたけど、彼が咄嗟に橋を爆撃したおかげで司令部の防衛戦力と援軍との合流は、無事に阻止できたらしい。
 << お疲れ。これで時間が稼げるね >>
 << …こいつで、少しでも早く降伏してくれればいいんすけどね >>
 そうもいかないよな、と呟くメビウス2。そういえば、彼も四分の一はエルジア人だっけ。
 << あれこれ思うところはあるだろうが、帰投するまでは気を抜くなよ、ひよっこ >>
 << ……大丈夫、分かってますって >>
 オヤジさんの声に思ったよりしっかりした声で答えて、メビウス2は機体を南東…突入作戦が展開中の水没した市街地の方へと向けた。
 << 隊長、上を頼みます >>
 << 了解 >>
 リボンを飾った二機の戦闘機が、半ば水に浸かった高層ビルの上を飛び抜けていく。
 エルジア軍の総司令部が置かれた埋め立て地は、もう目と鼻の先…予想通り、いや、予想以上の激しい戦闘が繰り広げられる市街地跡には幾重にも火線が走り、爆発とその衝撃が、上空の空気までも震わせる。
 << …タンゴ2、先に上陸しろ! >>
 << …駄…です、埋め立て地から、敵戦車の…撃を受けています…! >>
 << ……タンゴ3、炎上…!誰か脱出者を見たか!? >>
 飛び交う叫び声の中、誰かが、叫んだ。
 << …諦めるな!諦めさせるな!……嘘でもいい、[メビウス1]が来てると言っとけ! >>

 << 嘘じゃない!メビウス1は…僕は、ここにいる!!! >>

 後から冷静に思い返せば、何を馬鹿なことをしてるんだと自分でも思うのだけど。
 それでも、その瞬間。
 確かに僕は、声を限りに叫んでいた。
 << …あれが、メビウス1? >>
 嘘でもいい、虚勢でもいい、集団暗示だろうが偽薬効果だろうが何でもいいし、そんなもんはどうでもいい。
 << 本物だ…本物の[リボンの魔女]が俺達の上を飛んでる! >>
 いつのまにやら知れ渡って、そろそろ僕を置いて独り歩きし始めた[リボンの魔女]の名前で、誰かが安心するのなら。
 << メビウスだ!あの下にいれば生き残れるぞ! >>
 この翼に飾った空色のリボンに、敵が怯えて惑うというのなら。
 何度だって騙してやる。いくらでも惑わせてやる。
 それが、魔女の役目だ。

 << オメガ5、撃墜!これで3機だ >>
 << ヴァイパー3、敵潜水艦撃沈! >>
 ゆるゆると、太陽が沈んでいく。
 << こちらタンゴ4、埋め立て地南部に上陸!これより司令部の制圧に向かう >>
 << ……ブラボー13、シルバーブリッジの敵防御陣地を制圧した! >>
 じりじりと、街が陥ちていく。
 << よし、タンゴ4、目標に到達した。突入を開始する! >>
 << こちらタンゴ8…司令部から複数のヘリが脱出した!エルジア軍の幹部が乗っているぞ、逃がすな! >>
 << 全機へ、ヘリを追撃しろ。一機も逃がすな… >>
 地上部隊からの無線に答えて、スカイアイがそう言いかけて…言葉を切った。
 << …5機の機影が、高速度で接近中…黄色中隊だ >>
 国の最後を見届けに来たか、と小さく呟いて。我らが管制官は、一つ息を吸い込むと、いつも通りの鉄壁の声に戻る。
 << いよいよプレゼントの総仕上げだ。メビウス隊、戦争を終わらせてくれ。ヘリは… >>
 << 俺らに任せておけ、決着を付けるんだろ? >>
 << 5対2でも、お前らならいけるさ >>
 << やっちまえ、メビウス隊! >>
 << みんな、無茶苦茶言うなあ…ほんとに危なくなったら押し付けちゃうよ? >>
 << 構わないさ、ISAFの航空機はメビウス1だけじゃないんだって連中に教えてやる >>
 オメガの、レイピアの、ヘイローの、ヴァイパーの、みんなの声が口々に、僕らの背を押す。
 そして、一年前の北の空の下でひとり震えていた僕の背を、今までにも迷い、怯えるその度に、さりげなく的確に押してくれた声が。
 << 会敵点に接近、警戒せよ………頼んだぞ >>
 << 頼むより、信じててほしいね >>
 その声に、できる限り平静に聞こえるよう答えて。
 << メビウス1、エンゲージ! >>
 僕は、
 << メビウス2、エンゲージ! >>
 僕たちは、
 金色に染まる空の下へと、飛び出した。


ファーバンティ、陥落。黄色との戦闘はカッコ良く書ける自信がないのでつい端折るのです。
とりあえず、すっかりメビウス1にプレゼント要求がテンプレと化しているスカイアイですが、意外と計算の上でやってるんだとしたら大したもんだと思います。