[Requiem]:空色と黄色。

 舞台は沈んでいく太陽の下、陥ちていく首都の上。
 執拗に追い立ててきていた黄色い翼が、燃えながら墜ちていく。
 << あと、1機…! >>
 搾り出すような声を残して、僚機が機体を翻しかけ…その翼端に、鈍い火花が散った。
 << メビウス2!? >>
 << 大丈夫す!でもどっかやられて…くそう、上がらねぇ! >>
 薄く煙を噴きながら、それでも喰らい付こうとするF-14Dを無視して、そのひとは僕の目の前を通り過ぎる。
 見失ったと認識するのとほぼ同時に、相手のレーダーに捉えられた警告。コンベース港の時と同じ、あの飛び方。
 動揺するしかできなかったあの時とは違い、咄嗟に機体を捻って、上へ。
 すぐさまロールをうってその背後を取り返せば、向こうも素早く取り返す。
 何度も空と海が入れ替わる。やがて街の灯が、海に取って代わる。
 完全に膠着状態のまま、無限に続くかのようなシザース機動で互いの背を取り合いながら、僕らはファーバンティの中央部上空を駈け抜けていく。
 幾重にも螺旋を描いてその背を追い掛けて、追い掛けられて。
 捩れて縺れてどこまでもどこまでもどこまでも絡まっていく糸の端っこを、最後に握っていたのは、僕だった。

 地面に足を着いた瞬間、ひどく遅れて震えはやってきた。
 「さっきはすんませんでした、隊長。でも、無事で良かった」
 「あのひよっこがとうとう黄色を落としたか…大したもんだ」
 「生き延びたな、メビウス1」
 同僚の、友の言葉がそこでようやく実感を伴って染み込んできて、それがとても危うい所で掴まえた幸運だった事が恐ろしくて、眩暈がした。
 ふらつく頭を渾身の気力で正位置に留めて、前を見て、地を踏みしめる。
 機体の周りに集まってくる人たちが見たいのは「リボンの魔女」であって、生き延びた安堵と数分前まで死神の口に頭を半分がた突っ込んでいた恐怖に震える小娘じゃあないのだから。
 もちろん、いつまでも魔女を演じるつもりはないけれど、今はまだ、その時じゃない。
 スプレー缶と翼の形に切り抜いた紙を手に、整備の連中が僕の機体に走っていく。
 いつもの青い缶と、黄色い缶。
 視界の端っこで、翼の残像が幾つも幾つも、ちらちらと揺れる。

 一際鮮やかな、黄色い翼が、ふわりと舞う。

 そういえば、「13」のマーキングが施された尾翼をひたすらに追い掛け、青いリボンのエンブレムを執拗に追い掛けられている間、僕は何も気にならず、何も怖くなかったのだと、今更ながらに気付く。
 そう、白状すると、僕はあの時とんでもなく嬉しくて楽しかったんです、「黄色の13」。
 そのコールサインの他には名前も顔も何一つ知らないあなたと、僕にとってとてつもなく恐ろしくて、そしてどうしようもなく憧れたあなたと、(たぶん)お互いに死に物狂いで繰り広げたダンス。
 僕が、あなたと同じ舞台に立てる事が、あなたの相手として認められた(かもしれない)のが信じられなくて、それが何故かむやみやたらと嬉しくて楽しかったのだと、そう言ったら…不謹慎でしょうか。

 ねえ、黄13。僕は、あなたの最後のダンスの相手として相応しい女でしたか?

 誰にも訊きようのない問いを抱えて、僕はぼんやりと空を仰ぐ。
 誰かが歓声を上げるのが、遠くで聞こえた。


メビウス1にとって、黄色13というひとは先代メビウス1と同じ位か、あるいはそれ以上の位置を占めていたひとなんじゃないかなという妄想。
実はこの話そのものは、実際の初ファーバンティ戦終了後に勢いに任せて書き殴ったものが原形。本編を書き出す前から存在しているので、ある意味最初の04短文。