[Shatterd Skies]:空の欠片。

 2005年9月19日、エルジア首都ファーバンティ陥落。エルジアはISAFの降伏勧告に従い、戦闘は終結。
 ユージア全土を巻き込んだ戦争の後始末へと向けて、世間は流れ出していた。
 「……結局、ファーバンティまでに間に合わなかったすねえ」
 「偉そうな事言う割に仕事が遅いんだよ、『自由と正義の』超大国様は」
 「オメガ11、相当ご機嫌斜めだったよね…」
 「そりゃまあ、いつまでたってもシミュと座学ばっかで実機に触れないとか何のイジメだって感じだしな」
 今頃搬入してどうするんだっつーの、と呆れ顔なレイピア1とメビウス2、僕の視線の向こうには、ずらりと並んだ最新鋭戦闘機…F-22A。
 しかも信じられない事に(いや、事前にもちろん知らされてはいたけど)、全部の尾翼に空色リボンのおまけつき。
 一応S.T.N破壊のちょっと後くらいから、「多大なるその功績により云々」とかでメビウス隊を再々編成するという話は出てたそうで。各飛行隊から人員を選抜してF-22への機種転換訓練を行い、それを部隊員に充てる…はずだったんだけど。
 自由と正義の名の下に、ユージアに自由を取り戻すため最新鋭戦闘機を提供しよう!とかなんとか鼻息荒く胸を張っていた某大国様が土壇場であれこれ渋り出し、夏頃になってようやく売ってもらえたラプターがISAFに届くまでがまたすったもんだの末に、なんと到着が9月20日になったという、壮大なるトホホ話がここに完成したわけだ。
 しかしなあ、と溜め息混じりに肩をすくめたレイピア1が、こちらを見下ろして苦笑する。
 「折角天下の「第118戦術航空隊メビウス隊」として再々編成だってのに、これじゃほとんど出番はなさそうじゃないか?」
 「まー、戦闘機が大活躍なんか、本当はしないにこしたことはないんだし…いいんじゃないかなあ」
 「ラプターってのと、メビウスの名前ってだけで抑止力になりそうすしね。少なくとも俺は相手したくないす」
 はっはっは、と無駄に爽やかに笑うメビウス2は、だけど家族の待つエメリアへと向かうため近々軍を離れる事になっているから、この新メビウス隊に加わる事はない。
 惜しいな、とは思うのだけど、無理に引き止める事もできないのは分かっているから、その時は(本人には内緒で)盛大に送り出してやろうと、オヤジさんやオメガ1、ヴァイパー1たちとも話している。
 長い、先も見えなかった戦争に、やっと一区切りつけられたんだから。
 今はもう、笑ってもいいはずだと。
 その時の僕らは、そう思っていた。

 2005年9月26日、未明。
 突然叩き起こされ、ブリーフィングルームに集められた僕たちは、そこでとんでもない話を聞かされた。
 その名前だけは知られていたけど詳細は一切不明だったエルジアの最終兵器、メガリス…大型のミサイル発射施設であるそれは、今も惑星軌道上に漂う小惑星ユリシーズのかけらに衝撃を与え、無理矢理軌道から逸らす事で人為的に(そしてほぼ無差別に)隕石を地表に落とすものだという話。
 そして、降伏に不満を持っていた一部のエルジア将校たちが同じく抗戦派の兵士達を率いて、つい数時間前にそのメガリスを占拠したという情報。
 幸い、現時点でまだ隕石の落着は確認されていない。今は、まだ。
 けれども、それも時間の問題だろう。その前に…あるいは被害を最小限に食い止めるために、メガリスを破壊する。
 それが、この戦争を本当に締めくくるための、最後の戦い。

 朝の薄ぼんやりとした光が広がり出す空に、それを切り裂く赤い光の筋が幾本か走る。
 海上にそびえ立つ巨大なシルエット…メガリスから打ち上げられるミサイルの噴煙と、それを誘導するためのレーザーの赤い光で、空が切り分けられ、ばらばらと崩れていく。
 そんな幻視を掻い潜るように飛ぶ、濃紺の荒鷲。隣には、緑灰色の大猫。その脇を固める、銀灰の猛禽の群れ。
 << メビウス中隊、状況を報告せよ >>
 << メビウス1、スタンバイ。最後の最後で大変な事になっちゃったねえ >>
 << こちらメビウス2、スタンバイ。…ま、立つ鳥跡を濁さずって言いますし、きっちり最後までやってくっすよ >>
 いつものコールは、そこで終わりはしない。
 << メビウス3からメビウス7、スタンバイ >>
 << メビウス8、スタンバイ >>
 次々と上がる、「メビウス」のコールサイン。
 << 攻撃準備完了、攻撃を開始する…全機、メビウス1に続け! >>
 鉄壁の声に背中を押され、僕たちは真っ直ぐにメガリスを目指す。
 建造途中だったメガリスそのものに対空設備はまだない…つまり、相手の防空戦力さえなければ(いや間違いなくあるだろうけど)、ミサイル発射に巻き込まれない限り近づきたい放題という事になる。とはいえ、並の航空攻撃ではびくともしない外壁に穴を空けるのは無茶な話。
 そこで司令部の立てた作戦は、輪をかけて無茶苦茶だった…外から攻撃できないなら、中から潰せと。
 まずはミサイル搬入口から侵入して、奥にあるジェネレータ(全部で三基)を破壊。施設が停電した隙を見て地上班が突入、コントロールを奪って中央サイロの天井を開けるのに合わせて、僕が施設の廃熱口から侵入しつつミサイルを破壊しながら脱出…ミサイルの誘爆でメガリスは内部から吹っ飛ぶ、はず。
 ……………なんつー無茶苦茶なプランだ。タイミングが狂ったら僕も木っ端微塵確定だっていうのに。
 じんわりと胃が痛くなる。ぎりぎりと噛みしめる奥歯のほうが、メガリス(あるいは僕自身)より先に木っ端微塵になりそうだ。
 何度も何度も何度も思った事だけど、偉いさんは本気で僕の事を何だと思っているのか小一時間どころか半日くらいかけて問い詰めてやりたい。
 ここまでマジでISAF辞めようかと思った任務は初めてだ。いや、二度とあって欲しくない。あってたまるか。
 芋蔓式にこれまでの理不尽の数々をうっかり思い出してささくれかけた意識を現実に引き戻すのは、レーダーが識別不明機を捉えた警告。
 やっぱりいるか、航空戦力。まあ、そうでなければメガリスは丸裸だ。いくら何でもそんな無茶は…
 << …おい、あれは…黄色中隊じゃないか? >>
 オメガ11…じゃなかった、メビウス8の声に、みんなの間に動揺が走る。もう目で見える距離まで迫るそのシルエットは、確かに翼端が黄色く塗られているようにも見える。
 << ……敵……視認…!… >>
 エルジアで使用している無線の主なチャンネルは、すでにこっちにも判明している…完全に合ってはいないらしく聞き取りづらくはあるけれど、確かに相手の声が聞こえた。
 << …大変だ、ジャン=ルイ…!……は…部リボン……だ…!! >>
 << 落ち…け、訓練通り…れば大丈夫… >>
 まだ幼ささえ残した、若い声。
 そうか、そうかそうかそうかそうか、そういうことか。黄色の塗装は偶像か。憧れを利用した戦意高揚か。ろくな実戦経験も無いまま空に放り出される時間稼ぎの捨て駒の、その目を塞ぐためにお仕着せた死に装束か!!
 あのひとが見たら何と言うのだろう。自分の翼が踏みにじられるその様子を。だが死人に口無し、死者の心情を勝手に推測し想像し、それにいちいち一喜一憂するのは生き残った人間だけ。
 そして僕は。
 << …そこをどけ、ルーキーども!!…そんな、そんな「黄色いだけ」の翼で、何ができると思ってるッ!! >>
 感傷と推測とそれによる一時の激情と、頭の隅で分かってはいた。それでも許せなかった。悔しかった。泣きたくなるほど、悲しかった。
 << メビウス1、エンゲージ! >>
 吼えるようにコール、教科書通りの散開機動を取るフランカーの群れに突っ込む。
 << ……こっ…に来た…!? >>
 << 一人で…ろうとするな…!クルト、デュアン、右を…! >>
 泡を食った叫びに混じって、比較的落ち着いた声で指示を出している奴が数人。完全にルーキーばかり、ってわけでもないようだ。
 ならばまずはお前からだ、と一番手近にいた奴に喰らい付く。思ったよりも良い動き、けれど目に焼き付いたあの機動からはほど遠い。
 遠慮なんかしない。容赦なんかしない。お前たちが本当に「黄色」なら、僕を足止めしてみせろ。僕らを戦慄させてみろ。それができないというのなら、今すぐここで空から降りろ。僕がこの手で叩き落としてやる。
 << 馬鹿野郎、何のぼせてやがるヒヨッコが! >>
 割れんばかりの怒声が、突如僕の耳を叩く。
 << …隊長、しっかりしろ隊長!アンタが取り乱してどうするんすか! >>
 << メビウス1、今作戦のターゲットはメガリスだ。潜入班の尽力を無駄にするな >>
 懸命な呼び声が、聞き慣れた冷静な声が、沸点寸前の頭に立て続けに冷水をぶっかけてくれる。
 そうだ、所詮は僕の勝手な思い込み、ただの感傷。ここで無闇に吼えても八つ当たり気味に怒りをぶちまけても、何にもならない。そう、何にも。
 大きく一つ、息を吐く。
 落ち着け、僕。目標に集中しろ。いつだってそうしてきたんだ、今できないなんて言わせない。
 << ……メビウス1了解、これよりメガリスに接近します。メビウス2とヘイr…じゃなかったメビウス4、支援をお願い >>
 << メビウス2了解! >>
 << メビウス4、了解 >>
 燻る気持ちを捩じ伏せて、今や完全に乱戦になった空から飛び出し、追い縋ろうとする黄色い翼を振り切って、海上にうずくまる要塞へ接近…ストーンヘンジも大概だったけど、こいつもデカくて距離感が狂う。
 大きく口を開けるミサイル搬入口は、ざっと見積もって幅20〜30m、高さは15〜20m弱ってところか。奥に延びる通路の天井には建築途中で口を開けたままのダクトが幾つか並んでいる…ここから入れそうな気もするけど、侵入角を間違えたらあっという間にぶつかるのは確実だ。
 しつこく追い掛けてきた黄色を2機が牽制してくれている間に一度距離を離してから、慎重に進行方向の軸を合わせる。意を決して、搬入口へと飛び込んで…僕は内心悲鳴を上げた。
 怖い!予想以上に怖いっつーかそんな予想普通しない!目茶苦茶怖い!まばたきしたら壁か天井にぶつかりそうでできない!痛い痛い痛い目が痛いよ勘弁マジ勘弁!
 悲鳴を噛み殺しながら、ゆるやかな上り角のついたトンネルを低速で進む…実際は数秒、体感的には何時間もした頃に、お目当てのジェネレータとその奥の通気孔、さらにその向こうに広がる空が見えてくる。
 間違えようの無い熱源目がけてサイドワインダーが飛び出していくのを見送り、爆煙が晴れるのを待たずに真っ直ぐ飛び出す。もしかして、と反転してみれば、西側にも同じような通気孔…その奥に鎮座するジェネレータ。
 しまった、最初からこっち回ればよかったのか、と歯噛みしながらも、再旋回で角度を合わせてそっちも破壊。あと一つ。
 ブリーフィングで見たメガリスの図面を思い出す。ええと、東と西に一本ずつ、それと直交するように一本…あれか!
 << 地上班聞こえますか!こちらメビウス1、これより最後のジェネレータを破壊します! >>
 << こちらブラボー1!頼んだぞ、それまで何とかこのフロアを維持する!そしたら次は俺達が扉を開ける番だ! >>
 メガリスを東西に貫く排気溝に飛び込む。トリガーを引くと同時に加速して飛び出し、一気に上昇。一瞬沈黙したメガリスの中央、一際大きなシャッターが、じりじりと開いていくのを見ながら降下、最後のトンネルへと一直線に飛び込む。
 << メビウス1がメガリス内に突入 >>
 スカイアイの声が、僅かに震えている。さすがのアイツでもやっぱり緊張するのかと、変なところで可笑しくなる。
 長いようで短い通路の先に、一際巨大なロケットが見えた。隕石を落とすためのものなのか、ただの弾道ミサイルなのかは、僕には分からないけれど。これだけのものを爆発させれば、「えらいこと」になるのは一目瞭然。
 それでも、ここまで来て「やっぱやめます」なんて言ったら、僕は仲間達にも、隊長にも、あのひとにも、そして僕を信じてくれた、信じてくれている全ての人たちに顔向けできなくなってしまう。何よりも、そう思う僕自身を僕が裏切るのなんて真っ平御免だ。
 翼下にぶらさげた、ありったけの武装を解き放つ。
 目標に殺到するそれらを置き去りに、開いていく天井のシャッターの向こうに、少しずつその面積を広げていく青い空へと向けて。

 アフターバーナー全開、相棒を真っ直ぐに駆け上がらせる僕の背後で、轟音と衝撃が炸裂した。


 << 目標破壊!目標破壊!! >>
 普段の冷静さをかなぐり捨てて熱っぽく叫ぶ管制官の声が、周囲に浸透していく。
 次々と連鎖する爆発にメガリスの巨体が震え…やがて、完全に沈黙した。
 << メビウス1はどこだ! >>
 << 隊長!無事ですか隊長! >>
 << こちらブラボー、飛び込んだ飛行機は無事か!? >>
 異口同音の叫びに答えるのは、
 << レーダーにメビウス1を確認した。彼女は無事だ >>
 脅威の立て直しにより、すっかりいつも通りに告げる冷静な声と、
 << うちの部隊章は縁起物だからね、どこまで飛んでいったって、ぐるっと廻って必ず帰ってこられるように、って >>
 どこかとぼけた口調で、それでもその奥に安堵を滲ませた、澄んだ声。
 << 良かった…!お疲れさまっす、隊長! >>
 << ブラボー、メビウス1!S.T.Nに続いてメガリスまでやりやがった! >>
 << やってくれるよ、この魔女め! >>
 誰からともなく沸き上がる歓声に応えるように、己の尾翼に飾った空色のリボンを誇らしげに輝かせて。
 濃紺の荒鷲は青空に大きく弧を描きながら、その仲間達の元へと帰還した。


 2005年9月26日。巨大要塞「メガリス」陥落と同時に、同施設を占拠していたエルジア軍残存勢力は一部を除いた大多数がISAFに投降。ユージア全土を巻き込んだ「大陸戦争」はここで事実上の終結を迎える。


 そして終わってしまえば、全てはいつしか慌ただしく通り過ぎ、空は少しずつ冬の色に近づいて。
 「んじゃ、まあ、お世話になりました」
 手荷物を詰め込んだボストンバッグ片手に、メビウス2…退役したから「元」メビウス2は、ぺこり、と頭を下げた。
 「元気でね…あっちでも、やっぱ空に上がるの?」
 僕の問いに、「さすがに当分はのんびりしたいすね」と苦笑して。
 「まあでも、飛びたくてたまんなくなったら考えます」
 そう言って、彼はにんまりと笑った。
 「隊長は、これからどうするんすか」
 逆に問われて、ほんの少し考え込んで。
 「僕は、ここにいようかなって思ってるよ。まだもうちょっと、世の中は[リボンの魔女]に頼りたいみたいだし」
 まあ、名前もエンブレムもお構いなしに、僕が空に上がり続けたいというのもある…どうも僕は、何のかんの言いながら結局空から離れられない性質みたいだ。
 「そうかー…」
 何やら考え込むような顔をしていた彼が、不意に複雑な表情を浮かべると、つい、と視線を宙に彷徨わせた。
 「隊長、前に話したの覚えてます?戦争終わったらエメリアに遊びにきませんかって」
 「…あー、あれ?あの危険なフラグ満載の」
 「いやー、今だからぶっちゃけますけど、実は隊長って結構俺のタイプだったんすよ。さらにぶっちゃけるとやや一目惚れ気味クリティカルでして」
 な、なんだってーーーーーー!?
 突然の爆弾発言にあんぐりと口を開けて見上げる僕にもお構いなしで、彼はますます視線を明後日の方向に向けながら一人語りを続けていく。
 「なんで、あそこでダメもとで誘ってみたんすけど…華麗にスルーされたし、良く見りゃ隊長はどうやらスカイアイと良い感じっぽいし、こりゃー俺が割り込む余地はないかなと」
 「あ、それはない。」
 「え、なにそれ即答?マジすか?」
 「うん間違いない。たとえ黄色中隊から身を挺して助けられたとしても僕がアイツに惚れるとかマジありえない。心の友ではあるが間違っても恋人になんかしたくない」
 「……………なんてこったーーーーーー!!俺バカ!超バカ!マジでバカーーーー!!!」
 天を仰いで絶叫する彼、ついに我慢できずに爆笑する僕。傍から見たらさぞかしヘンテコな構図だったろう。
 たっぷり数分間ほど失意体前屈のポーズ(orz)でうなだれてから。
 「…つまり、うかつに勘違いしなければまだまだチャンスはあったと思っていいんすか」
 「さあてねえ」
 ようやく立ち直ったと思えば意外とマジな顔で聞いてくるから、笑ってはぐらかす。だってそんなの、その時でなければ分からないもの。
 「まあでも、個人的なものを抜きにしても…君はいい二番機だったよ、とは言っておくかな」
 へらり、と僕は笑って彼に手を差し出す。
 「了解、あのメビウス1に背中任せられたって事で一生の自慢にします」
 にやり、と彼は口の端を吊り上げて僕の手を取る。
 「じゃ」
 「お元気で」
 短い言葉と、短い握手。
 それで充分だと僕は思ったし、彼もたぶん、それで良かったんだろう。


ミッションの長さ的にはファーストミッション並に短いのに、書いて見たら最長になったメガリス攻略戦。まあ最後だから長くても良いか、とやや開き直りつつも手短にまとめられなかったのは力量不足だったなとやや口惜しくもあり。
5のオペレーション・カティーナでは退役してたのを呼び戻されたって事になってるようですが、このメビウス1はたぶん、この先もパイロットやってくのかなと。一度は無くしたと思って、そして取り戻した(あるいは最初からあった事に気付いた)居場所を、そこで共に飛んでくれる人々を、そう簡単に自分から捨てるような子じゃないと思うので。
あと、メビウス2があれこれ可哀想なのは、仕様です。メビウス1にさっぱり恋愛フラグ立たないのも、仕様です。