[Blue skies]:空はいつも僕らの上に。

 秋の空は、午後になってもどことなく色が薄い。夏空の鮮やかさを見慣れていると、余計に。
 ファーバンティ市街の外れにひっそりと佇む、歴史資料館の庭先で。
 翼端を黄色く染め、「13」のステンシルを飾ったフランカー(実機は残ってないからレプリカだけど)の前で、何度も読み返した手紙をもう一度開く。
 同封されていた色褪せた印画紙の上、小さな男の子の肩に手を置いて微笑む人の顔は、どこか懐かしい人を思わせる。顔立ちは全く似ていないのに。
 恋じゃなかったけど憧れたあのひと、恋よりも強烈に惹かれたあのひと。
 『あの空しかった戦争の中、最後にあなたという好敵手に巡り会えたのは、彼には望外の喜びだったと、そう信じたいと思っています』
 ISAF本部の住所と「メビウス1様」の表書きだけの(おかげで僕の手元にやってきたのは消印の一ヶ月後だった)手紙に綴られた言葉を読み返すたびに、僕は答えが出せないままずっと抱えてきた問いを、写真の中のひとに問い掛ける。
 もちろん、答えは返ってこない。答えるべきそのひとは11年前のこの日に、この街の空に消えてしまったのだから。
 「ああ、こんなところにいたのか」
 「やっと発見した!館内探しても全然いないとか勘弁して…何たそがれてるんすか、隊長」
 手紙をポケットに押し込んで、ぼんやりと黄色い翼を眺めていた僕の物思いを破ったのは、いい加減聞き慣れ過ぎて仕方がない声と、久しぶりに聞く声。
 あ、いや、春先にネットの動画ニュースでインタビューを見たから久しぶりじゃあないか。
 振り返れば、珍しく眼鏡無しの友の横を、相変らず戦闘機に納まるのか心配になるような長身のてっぺんに、相変らず四方八方に跳ね回る干し草色の癖っ毛頭を乗せて、ひょいひょいと歩いてくる元二番機の姿が目に入る。
 「…もう「隊長」はよしてほしいなあ、君も立派に飛行隊預かる身なんだしさ」
 「そうは言われても、やっぱ俺からすれば隊長は隊長で憧れの『リボンの魔女』っすからねえ。しかもそうやって二人揃うとまさに『ISAFの最終兵器』…」
 馬鹿め、うっかり口を滑らせたな?そういう事を言うと…
 「はっはっは、君からそう言われるとは光栄だよ『囀るガルーダ』」
 「うんうん、なにせエメリアの英雄様だもんね…あ、『解放の鳥』のがいい?それとも『金色の王様』?」
 「…やめてください俺が悪うございました」
 速攻敗北宣言を出す姿を横目に、僕らはニヤニヤと二人で笑い合う…意地が悪いと言うなかれ。こっちも散々通った道なんだし、時には自分が言う側に廻ってみたくなるのが人情と言うもの。
 いやでもあれマジ恥ずかしいんでやめてほしいんすけど、とぶつくさ呟く背中を、まあ諦めることだね、と軽く叩いて。
 「じゃ、頭数も揃った事だし、行こうか?」
 足下に置いていた紙袋を取り上げて、僕は黄色い翼に背中を向ける。
 「…あれ、オヤジさんは?」
 「電話したんだけどさ、娘さんが出産間際で入院中だから離れられないんだって。代わりにって花(これ)買って送ってくれた」
 まあ、初孫生まれる直前だって言うし、さすがにそっち優先しないとねえ、と紙袋に入れた花束を持ち上げて見せれば、男二人はお互いに顔を見合わせて何だか妙な顔をしている。
 「…どうしたの?」
 「あ、いや、あのオヤジさんがそんなイケてる花束選ぶとか予想外だったもんで」
 「ああ、しかも妻子があったとは思わなかった…完全に予想外、いやむしろ斜め上だな」
 なんて失礼な奴らだ、オヤジさん聞いたら怒るぞ。


 手紙が教えてくれた丘の上は、街と海と空を見渡せる小さな草地だった。
 それと知らなければ見過ごしてしまいそうな白い石の前にはどうやら先客がいたらしく、秋の花を束ねた小さな花束、そして半分ほど燃え尽きた紙巻き煙草。
 「…ああそうか、今日は終戦記念日でしたね」
 「うん」
 「そして俺の誕生b「それはもういい」
 場を和ませるための軽い冗談じゃないか、とへこむ友を置き去りにして。
 見知らぬ誰かがそっと残していった弔いの花の隣に、僕らも空色のリボンを結んだ花束を置くと、しばらく無言で頭を垂れる。
 (…はじめまして、黄13。僕が[メビウス1]です。あなたの小さな友人のおかげで、やっと、ここに来ることができました)
 手紙をくれた彼は、あなたの最後の空が、あなたにとって満足の行くものだったのかどうか、ずっと知りたがっていましたよ。
 僕も、ずっとあなたに聞きたかったんです。
 あの時、あなたは僕と飛びたいと、そう望んでくれたんですか?僕がそう望んだように。
 僕は、あなたの最後のダンスの相手に選ばれたんだと、そう自惚れてもいいんですか?
 そう、声に出さずに聞きながら。ここに来たって答えが返ってくるわけがないよね、と僕は自分自身に苦笑する。
 顔を上げ、そのまま見上げた秋の空は、いつしかあの日と同じ夕焼けに染まり始めているけれど。
 11年前、あのひとが何を思って、この空に消えたのかは…今となっては誰にも分からないんだから。
 空に消えた人々はそのまま空になってしまい、僕たちはそれを見上げるだけ。憧れも憎しみも悔やみも祈りも、何もかもは一方通行だ、悔しい事に。
 彼も、それは分かっているんだろう。11年間、ずっと黙っていたのはそのため。
 それでも。
 忘れられないから、忘れないために、僕らは今はもう遠い人々に、答えの出ないと分かっている問いをこっそり訊ねてみたくなる。時が過ぎれば過ぎるほど、同じ問いを持つ人と、同じ思いを分け合いたくなる。
 だから彼は、手紙を書いた。
 そして僕は、それを受け取りここへと来た。
 答えを出すため…いや、もうとっくに出ていたはずの答えを確認するために。

 …ねえ、黄13。あなたの答えを聞く事は、もう決してできない事だけど。
 あなたの言葉は聞けなくても、僕の答えは僕の中に確かにあるから、だからそれを伝えようと思っています。
 あの、先の見えない戦いの中。迷い、怯え、それでも時には笑い合えた日々の中で、あなたというパイロットを知り、同じ空を飛ぶ事ができて、嬉しかったと。あなたの最後の敵であった事を、誇りに思うと。
 サンサルバシオンの街角の、いくつもの翼が壁に刻まれた小さな酒場で。あなたが好きだったという歌を、夜毎奏で続けるひとに…そう伝えたいと、思っています。
 (さようなら、黄13。あなたたちの空が、どうかこれからも平穏でありますように)
 金色の空に、一筋の飛行機雲が伸びていくのを見送って。
 僕らは誰からとも無しに白い石に背を向けると、ゆっくりと丘を下り始めた。


エピローグ的ななにか。空はいつでもそこにある(wide blue sky always the same)、というメインテーマの歌詞が好きです。何もかも溶かして呑み込んでそこにある青、というのは憧れだな、と。
ちなみに10年たってもメビウス1とスカイアイは相変らずの竹馬の友です。スカイアイにはもう嫁とかいそうな気もしますが、それでもガチ友。