[ l'essentiel est invisible pour les yeux]:空に隠れているあのひとを。

 『ねえ、ヒツジの絵を描いてよ』
 『ほら、箱だよ。きみのヒツジは、この中にいるよ』
 それは、僕らの合言葉のようなもので。
 いつかの誕生日、そのひとに貰ったおはなしが、僕は大好きで。
 本をくれたひとの事も、そりゃあもう大好きだった。
 本をくれたのは僕の叔父にあたるひとで、叔父さんは写真家で、パイロットだった。
 そして僕も叔父さんも、そのおはなしが大好きだった。
 『この話を書いた人もね、パイロットだったんだ』
 そう言いながら、叔父さんは笑う。
 『ぼくと同じ、偵察飛行隊に所属していた。もう50年も前だけど』
 その人は小説家で、パイロットで、空が好きで好きでたまらなかったらしいよ、と言いながら。
 『じゃ、おじさんと一緒だね』
 写真家で、パイロットで、空が好きで好きでたまらない叔父さんは、僕の言葉に「そうだねえ」と頷くと、また笑う。
 『あいにく、ぼくはまだ砂漠に不時着して王子様に出会った事はないけどね』
 『もしも会えたら、写真を撮ってよ』
 『おいおい、お前は叔父さんに墜落しろと言うのかい』
 父さんにたしなめられて肩をすくめつつ、叔父さんと顔を見合わせて笑う。
 そんな事が何度かあって、何年かが過ぎて。

 叔父さんが空の上で消息を絶ったと聞かされたのは、僕がもう、王子様の話を忘れてた頃だった。

 いつものように偵察飛行に出て、予定の時刻をすぎても帰投しなかったらしい。
 叔父さんの写真を好きな人が何人かいて、彼らは叔父さんの行方を探してくれたという話も聞いた。
 紛争地域の空の上で、敵対していた陣営のパイロットも一緒になって探してくれたんだ、と。
 広い、広い空の上を、誰もが燃料が尽きそうになるまで飛んで、レーダーに目をこらして、ぎりぎりまであいつを探してくれたんだ、と言って、父さんは泣いた。
 僕は泣いていいのか笑っていいのかわからなくて、変な顔で突っ立ってた覚えがある。
 だって、それじゃまるっきり、叔父さんが大好きだったあの小説家のひとと同じじゃないか。
 しかもまだ王子様に会ってないし、郵便飛行だってやってないのに。
 そんなトコだけ一緒にしたって駄目じゃないかと言いたかったのに。

 「行方不明」とされた叔父さんが何処へ飛んでいったのかは、未だに判らない。

 小説家で飛行士だったあのひとは、数年前に海の底に沈んでいた機体が見つかったというニュースを聞いた。
 写真家で飛行士だったあのひとも、50年後にどこかで見つかるんだろうか。
 それとも、いつか何事も無かったように、いつもの様子でひょっこり帰ってくるんだろうか。
 どっちにしても、僕はその時あのひとに

 「ねえ、ヒツジの絵を描いてよ」

 って言えるだろうか、あの日みたいに。



Y's氏の「 《 Cleared to engage. 》」で展開中ZERO小説にエキストラとして差し出したキャラ、ジャンニ=ルイジ・エランド…メビウス1ことセレスティーナ=エランドの叔父さんですが、キャライメージがサン=テグジュペリなのです、このひと。
手が届かない憧れを追い掛けて空に上がるメビウス1、のある意味原点な感じなんだろうな、と妄想してたり。