[Skies above]:今は遠い空のカケラ。
夏の終わりの敗走から半月足らず。ヴィトーツェに駐留するエメリア航空隊の、今や過半数を越える人間が認識した事実がひとつ。エメリア共和国空軍東部防空軍第8航空団第28飛行隊ガルーダ隊隊長、クリステン="タリズマン" フリーベリは、寝癖がひどい。
もともと癖のある髪質に加え、周囲を山に囲まれたヴィトーツェは夏場は湿度が高い事も手伝って、毎朝四方八方に跳ね回る髪をもさもさとなびかせた(撫で付けようという努力は完全に放棄しているらしい)タリズマンが朝の基地内をうろついている姿は、皆にとってもはやお馴染のものになりつつある。
だから、その日の光景はちょっとだけ珍しいものだった。
「よう相棒、おはようさん」
「やあおはよう、タリズマン……?」
首都襲撃時のタリズマンとのにわかコンビがそのまま定着してしまい、あれ以来ガルーダ隊に編入されてしまったマーカス="シャムロック" ランパートは相棒のいつもの挨拶にいつものように返事を返し、いつもと違うその様子に怪訝な顔になった。
中途半端な長さの髪がいつものように跳ね回らず、しかも細いリボンで束ねられているのは…何だか違和感を感じる光景だ。
相棒の物問いたげな視線に気付いたのか、右手に紙コップ、左手にツナサンドを持ったタリズマンは、行儀悪く足で引いたパイプ椅子に腰を下ろして少し笑う。
「いやまあ、大した事ないんだけどさ。ちょっとした記念日なんで、ヘアスプレー1缶ぶんの努力はしとこうかな、と」
前髪とか超がっちがちなんだぜ、触ってみる?と笑いながらコーヒーをすする彼の髪で揺れる、空色のリボン。
記念日と聞いて思わずカレンダーへと目をやれば、9月も折り返しを過ぎた19日。
何か記憶の片隅に引っ掛かるものを感じながらも、言外に詮索されたくなさそうな気配も感じて。
まあ、誰だって自分だけの記念日は持っているものだよなと一人納得しつつ、
「記念日だけと言わず、日頃からその努力を継続したほうがいいんじゃないかい、もったいない」
そう言いながら、シャムロックは手を伸ばして相棒の前髪(スプレー1缶使用と言うだけあって見事に固まっている)を、くしゃりと握りつぶした。
「ちょ、そう言いながら努力をさっくり無駄にするとかマジやめ…!」
ぎゃあ、と叫んだタリズマンは頭を押さえて飛び退…こうとして、椅子に足を絡ませて盛大に後ろへとひっくり返った。
9/19、大陸戦争終戦記念日こばなし。絵板に投稿した下書きをほんの少しだけ修正したもの。
04中編を書いてた頃に設定してた「タリズマンは若い頃メビウス隊の二番機だった」を踏まえたネタ。あと、うちの話にしては珍しくフルネーム出してます。