[Merry X'mas, Mr.Flip-Flop.]:クリスマスのよるに。

 …え、わたし?……うん、こんな身体だからクリスマスでも病院にいる事が多かったけど、先生や看護士さんたちがパーティしてくれたよ。
 そうそう、院長先生がサンタさんの格好して…お髭、取れちゃってるのに気が付かなくて。みんなで気が付かないふりしたりとか、したなあ。
 …ああ、そういえばわたし、サンタさんへのお手紙に「びょうきがなおりますように」って書いてた、あのころ。
 いつからかな、書かなくなって。叶わないおねがいだ、って判ってきたのもあると思う。けど、それ以上にあの頃のわたしは、翼が欲しかったんだろうな。
 ……そういえば、わたし、あのときあのひとがくれたつばさ、どうしたんだろう…あのときはまだかたちになってなかった、てのひらのうえの、ちいさなわたしのみらいのつばさ…

 んー、あたしは…ジュニアハイに上がるちょっと前くらいまで、真剣にサンタさん信じてたな。……ええいそこ、笑わない!
 姉さんは「サンタさんはパパなのよ」って言ってたけど、そんなことない、って言い張ってたな…ケンカまではしなかったけど、姉さんに口ではかなわなかったのに頑張ってたわね、なんか。
 ……まあ、最終的にはパパの書斎でプレゼントと手紙を発見しておしまい、なんだけどさ。…ああ、そうだ。それで落ち込んでたら姉さんがヴァージニアの手紙を見せてくれたんだ。なんだろうね、夢破れた妹があまりにもヘコんでて気になったのかな。
 え、ヴァージニアの手紙、知らないのキミ?あとで検索してみるといいわ、良い話だから。

 あー、やっぱ、俺も?はいはい。まあ俺もご多分に漏れず、クリスマスの前になると真剣にサンタにお願いする「自称いいこ」の一人だったわけだけど…我が家のサンタときたら毎年希望と違うものくれたんだよ、これが。頼んでもない百科事典とかさ。
 あれ、何時だったかなー、クラスで流行ってたゲームがあって。こう、ガンの形したコントローラで。画面を撃って悪人をやっつけるんだよ、そうそう、主人公が警察の特殊部隊でさ!あれ、民間人間違って撃たないようにするのが大変じゃなかった?そうそうそう、「へぇーるぷ」とかヘンな声で逃げ惑うアレ!
 まあ、それが欲しかったんだよ。ゲームのハードは持ってたから、ソフトとガンコントローラが欲しくて。で、今までの経験から当時の俺はひらめいたわけだ。「サンタさんが毎年プレゼントをまちがえるのは、ぼくの説明が下手だからかもしれない」と…かくして俺は一時間かけてサンタへの手紙に絵を描いたさ、ああ描いた。
 …結果?聞くなよ。………ああ、まあ確かにプレゼントそのものは来たさ。ガンコンとソフトも一緒だったさ。
 ……ソフトは全然違うヘンなゲームだったよ……主人公が変な声で喋ったり、キモい白い人を敵だと思って撃ったらダメージくらったり。うん、その日のうちに挫折したな、あれは……

 「…あの時、俺は幼心にサンタを呪ったもんだ…」
 暗い目を虚空に据えて呟くエリックにどう声をかけたものかと考え込みつつ。
 「……まあ、みんなにとってそれぞれ思い入れがあるものなんだな、というのは判った」
 とりあえず答えは保留して、話題の転換を図ってみる。
 「ただまあ、それでも待機命令は命令だし、仕方がな……」
 「仕方ないわけあるかー!俺のっ、クリスマス休暇をっ、返せーーーー!」
 駄目だった。
 「くそう、クリスマスだぞ!?俺半月前から休暇申請してたんだぞ!?なのに、なのにー!」
 「………」
 襟首を掴んで盛大に揺さぶられながら、とりあえず手を上げて謝罪と降伏の意思表示をしてみるものの、しばらく解放して貰えそうにない。
 傍らで眺めているだけの女性陣に視線で救援要請を出してみれば、フィオナもレナも何故か笑いながら口を開く。
 「ま、落ち着きなさいな。そりゃあたしだって不満は無いって言えば嘘になるかもだけど、これも仕事なわけで」
 「わたしたちがこうしているから安心してクリスマスが過ごせる人も、どこかにいるんだよ…ね?だったら、いいんじゃないかなって思うんだけど…ヘンかな」
 「……まー、な…ああでもマジでついてないなあ、今年。せめて何もなく終わればいいんだけど」
 不承不承ながらも襟首を放してくれたエリックが苦笑混じりにそう零すのを待っていたかのように。
 警報が、けたたましく意地の悪い叫びを上げた。

 セント・アーク付近に位置するゼネラルリソースとニューコムの防空レーダーがほぼ同時に「それ」…アネア大陸方面からユージア大陸の北東海上、20000メートル以上の高高度を信じられない速度で南下してくる未確認飛行体…を捉えたのは5分前。
 << 両社からの要請を受け、UPEOがアンノウンの確認と、状況によっては追跡か迎撃を行うそうです。…あ、追加報告が。えーと、この5分間の間で断続的に反応が途切れたそうですが、被害などは確認されていません。…通過してるだけ、みたい >>
 << …なんだそりゃあ >>
 上空に上がってからのレナの説明に、エリックが素っ頓狂な声を上げる。
 << そもそも、確認しろったってさ…デルフィナスでも2万もすぐには上がれないだろ。どうするんだ >>
 << ま、一応とはいえ中立なUPEO(ウチ)から「ゼネラルともニューコムとも本当に関係ありませんよ」っていうお墨付きが欲しいんでしょ。実際どうだか判らないけど…まあ、誰だってこんな日に面倒なゴタゴタは勘弁してほしいでしょうしね >>
 そのゴタゴタを押し付けられるのはあたし達だって勘弁してほしいけどね、と苦笑するフィオナの声を聴きながら。
 << ……きました! >>
 レナの短い叫びにレーダーを確認すれば、確かに見える小さな光点。
 予想以上の速度で迫る「それ」は、さらに予想を超えて小さい。
 「……これじゃあ航空機どころか…もっと小さくないか」
 進行方向を合わせながら呟いた、その言葉が終わるよりも早く。
 「それ」は遥か頭上を冗談のような速度で、信じられないことに無音で駈け抜け…そのやや先、エキスポ・シティ付近で一瞬だけレーダーから姿を消し、再度姿を現すと更なる加速で南へと飛び去っていった。

 << …え……なに、あれ…すごい >>
 レナが、呆然と呟く。
 << いや、あれ追跡とか、そもそも確認できるレベルじゃないだろ… >>
 HUDの隅に表示された通信ウィンドウの中で、エリックが口を半開きにしている。
 たぶん、自分も同じような顔をしているなと思いながら。
 << …極点付近から飛び立って南下しつつ惑星表面を周回、最高速度は推定30000km/h、か… >>
 ふと思い出して呟けば、フィオナが眉をひそめた。
 << 何、それ? >>
 << ノースオーシアの航空宇宙防衛司令部が過去に発表した、サンタクロースの追跡記録。ユージアの東端は日付変更線に近いから優先される配送先、だそうだ >>
 << あー、あの有名なジョークサイトね。オマエにしちゃ上手い冗談じゃん >>
 まあクリスマスだしな、それはそれでアリかも、と笑うエリックの声に、どう答えたものか一瞬言葉に詰まる。
 別に冗談を言おうとしたわけではなく、とりあえず目の前で遭遇した不可解な現象に、こじつけでもいいから理由を付けてみたかっただけ、なのだけど。
 (…いいのか?いいのかエリック、お前それで!?)
 何でそれで納得するんだよ、と少なからず困惑しつつ。
 << …で、俺たちはどうするんだ? >>
 隊長機に指示を仰いでみるものの、レナは未だに口を半開きにしたまま、サンタクロース(仮)が通り過ぎた空の彼方を見つめている。
 << ま、とりあえず帰還…かな。それとも追跡できるだけしてみる?無理っぽいけど。……レナー?聞こえてるー? >>
 << え?…あ、えっと、そうですね、帰還します >>
 やはり冗談と思っているのか、口元に笑みを浮かべたフィオナの声と、それによって呆然の続きからようやく我に返ったらしいレナの声に応えて。
 いつしか雪の降り出した空の下、各々のコフィンは機首を翻した。

 << あーもう、飛び損だったな…くそう、戻ったら食堂のぱっさぱさなチキンでも食うかー!なあフィー、色気もへったくれもないクリスマスディナーだけど、ここはひとつ一緒に… >>
 << 悪いけどパス。ほんとは他所の隊の子達とパーティのはずだったんだもん、今から間に合うかメールしなきゃ >>
 << あ、じゃ、レナ… >>
 << …ごめんなさい、今日はちょっと >>
 << ……ああ、メシ食いに行くならつきあうぞ、エリック >>
 << 何が悲しくてオマエと二人でクリスマスディナーしなきゃいけねーんだよ…っつーかオマエ、この雪の中でちゃんと下りられるんだろうな!? >>
 << ……善処はする。 >>
 そう答えてはみたものの、本当に大丈夫だろうか、と必死に着陸のシミュレートを頭の中で繰り返しつつ。
 「…………」
 眼下に広がる市街地の灯と、その中を行き交う乗用車や列車の灯に、ここ数日スフィアを飛び交っていた陽気で優しいメッセージを携えたツバメ達を思い出して。
 (記念日ひとつで何もかもが変わるっていうのは…面白いな)
 ぼんやりと、彼は小さく呟いた。


クリスマスってことでまあお約束な感じのをひとつ。
「彼」にしてみると行事としては知ってても、独特のお祭り感とかはあまりピンとこなさそうではありますが。