[VIRUS ALERT]:感染。

 くしゅっ、と小さいくしゃみをして。
 上掛けを口元まで引き上げる、やや上気したその顔を見下ろしながら。彼は、心の底から溜め息をついた。
 ああ、これが可愛い女の子であったなら。
 残念ながら、訓練飛行の打ち合わせがあるというのにメールでもヴィジコールでも返事がない事態に何事かと駆けつけた彼をベッドの中から熱で潤んだ瞳で見上げてきたのは、いつもの見慣れた仏頂面。
 「…オマエが風邪を引くとは思わなかったよ、俺。バカは風邪引かないって言うのに、どこで拾ってきたんだ?」
 「……それはおまえが俺の事を常からバカだと思っていると解釈していいのか」
 いつもより少々くぐもった声が、ぼそぼそと答えるのに「あったりまえだ」と大きく頷いて。
 「そもそもそんな状態になるまで自分が風邪引いてるって気が付かない時点でバカだろう、オマエ」
 部屋に入ってきた自分を見るなり『未明からこの状態で動けない、とりあえず端末を取ってくれ』などと言い出す相手を、彼はびしり、と指差して断言してやる。
 「…まさか、こんな事になるとは思ってなかった」
 再度、妙に可愛いくしゃみをしつつ、僅かに眉をしかめて…バカは懲りずにバカな発言をした。
 「そうだ、机の上の端末を…」
 「だからバカだってーの。訓練に参加できない旨は俺がメールしとくから、寝てろ寝てろ」
 言いかけた頭を有無を言わさず布団の中へと押し込み。布団の塊が更に何かもごもご言い募ろうとするのを華麗に無視する。
 「んじゃまあ、大人しくしてろよ?後で医務室で風邪薬もらって来てやっから」

 しっかり寝てさっさと治せよー、という声と扉の閉まる音を布団越しに聞きながら。
 「エリック、だから端末を取ってくれと…」
 彼はその後を追いかけて起き上がろうとし…結果として言うことを全く聞かない自分の身体に敗北した。
 「…………………」
 しばらくマットレスにうつぶせに埋まっているうちにだんだん苦しくなってきたので、熱でぼんやりした頭をどうにか枕の上に戻して、溜め息を一つ。
 (治したいから端末を取ってくれ、って言ったんだけどな)
 それとも、きちんと説明したら聞いてもらえただろうか。
 システムの不調で身体のほうも調子を崩しました、スフィア上のバックアップと連携してデバッグ作業をしたいから端末を取ってくださいエリックさん。
 (……………信じてもらえなさそうだ)
 もう一度、溜め息をついて。
 本当に寝てれば治るだろうか、と思いつつ。時折襲ってくる怠さと眠気にそろそろ耐えきれなくなってきた彼は、もぞり、と布団を被り直すと目を閉じた。
 今度から自分のフィルタリング能力を過信して詳細の分からないコンテンツを片っ端から覗くのはやめよう、と自分に言い聞かせながら。

なんとなく思いついたバカ話。デジタルだって風邪を引く、かも。