[TRUE BLUE]:Beautiful World.

 大陸中を騒がせた事件が(一応)収束して、ようやく会社もマトモに機能しだして。
 それでも、もう戦闘機乗りでいる気はしないから、と辞表を出して…受理されるまで随分待たされた気がする。
 わずらわしい手続きからようやく開放されて、底の抜けたような青空の下。
 彼女は、ニューコム本社の広大な敷地の外れにあるバス停で、見送りに来た元同僚と並んでベンチに腰掛けていた。
 「…隊長から、メール?」
 「うん」
 あまり多くは無い荷物を詰め込んだカートを爪先で玩びながら、彼女は小さく首を傾げた相手に向かってひとつ頷いて見せる。
 「あの時、宿舎に帰ったら姉さんからメールが来てたの。今、スフィアにいるんだって。何かね、いつもの姉さんと全くおんなじ調子で。あっちに行けて幸せだって、素敵だって、言いたいだけ言って切られちゃった」
 勝手だよね、と呟いた彼女は、自分よりほんの少しだけ高い位置にある薄茶色の瞳を覗き込む。
 エアロコフィンの戦闘支援システムに潜り込む、という人間離れした特技を持つ正体不明な元同僚の、おそらくは姉も見ているはずの景色…電子ツバメが舞う空を映せる目。
 「…ね、スフィアって、どんなとこ?姉さんが言う通り、こっちよりも素敵なところ?」
 「…………」
 突然の問いに、彼は妙な顔で黙り込んだ。
 「………あ、いや、キミが話したくないなら別に」
 「………………」
 見ようによっては困っているようにも見える無表情で、そのくせ視線は彼女から外さないまま、たっぷり一分は沈黙して。
 「……評価したり比較したりするのは…ちょっと、難しい」
 あ、やっぱり困ってたのか、と妙な納得をする彼女の前で、彼は真上へと視線を上げて再度口を開いた。
 「スフィアは、決まったかたちがないから。俺が見るのと隊長が見るのと、フィーが見るのとで全然違うと思う」
 こっちの空は誰が見ても空だけど、むこうは保証できない、と呟く彼の視線を追いかけて空を見上げ、彼女は小さく溜め息をついた。
 「姉さんは、ほかの人と違う空が見たかったのかな…それってある意味凄い贅沢だもんね」
 それがしあわせなのかどうかは、彼女にはわからない事だけど。
 (この空が恋しくなった時、帰ってこられないのは寂しいと思わないの、姉さん?)
 答えは得られないであろう問いを内心投げ掛け、もう一度、溜め息をついて。
 「…さっき比較は難しい、と言ったけど…俺は、こっちが好きだ」
 予想外のタイミングと予想外の言葉に、思わず彼女は自分の傍らで空を見上げる男を見上げた。
 「誰が見ても同じ空だから、誰かと同じものを見てるって思える。今のこの空は俺が見てる空で、レナが見てた空で、エリックが見てた空だし、この先も俺が見る空で、フィーが見る空だ、って」
 相変らず真面目なのかふざけているのか分からないぼんやりした顔で、平坦な声で、それでも、彼にしては珍しいはっきりした口調で言葉を紡いで。
 彼女に見えない空を見る目で、彼は、彼女と同じ空を見上げる。
 「…なんか、キミらしくないわね、そんな恰好良い事言っちゃって。また映画かなにかの受け売り?」
 思わず見入ってしまい、それに気付いて何となく照れ臭くなったのを誤魔化そうと、わざと冗談めかして笑った彼女の方へと視線を戻して。
 彼は(本当に珍しいことに)口元に少しだけ笑みを浮かべた。

[二人]の続き的なもの。青空と主人公とフィーが書きたかったので。
あとエレクトロスフィアの中は現実世界以上に主観がものを言うのかな、と。