[Sugarless GiRL]:愛しのコッペリア。

 << SARF04、着陸許可が下りた。指示に従って着陸せよ >>
 << SARF04、了解 >>
 ミッション終了後に帰投してくるコフィンを誘導し、無事に下ろすのは確かに管制官の仕事の一つではあるけれど。
 毎度毎度、ここまで無駄にしてくれるといっそ清々しいくらいだ。
 ただまあ、毎度毎度胃が擦り切れるような思いをするのはどうにも勘弁してもらいたい。
 指示した「隣の」滑走路に鼻先を擦りかけながら着陸するMig-33を眺めながら、彼は誰にも聞こえないようにひっそりと溜め息をついた。

 夜の食堂には、意外と人が多い。
 夜勤の合間に薄くて甘苦いコーヒーを飲みに来るもの、夜食を買いに来るもの、それと、日中は出歩けないパイロット。
 この時間帯、噂の「UPEOのアイドル」ことレナ=ヒロセの向かいの席で、彼女の姿は大体見る事が出来る。
 世間の評判に反して意外と表情に乏しいレナと並んでさえも際立つほどの無表情で、その割には同僚たちと何やらよく喋っている黒髪の少女。
 良く見れば整った顔立ちに、なまじのグラビアモデルよりよほどメリハリの利いた体型にも関わらず色気の類いを一切感じさせないのは、無造作に切られた髪のせいか、パイロットスーツを脱いだだけとしか思えない簡素な服装のせいか、それとも、その無表情と平坦な声が作り出す、微妙に作り物めいた雰囲気のせいか。
 ともあれ、彼女を見るたび、彼は学生時代に読んだ古典戯曲を思い出してしまう。
 コッペリアは毎日澄ました顔で本を読む。村の若者たちが窓辺で本を読む彼女にいくら手を振り歌いかけても知らん顔。
 だがそれも仕方がない事…なにせ彼女は時計仕掛け。本を読む仕草を繰り返す事しか出来ない人形で、恋する心なぞ持っていないのだから。
 陰気で気難しい人形師が作り上げた、エナメルの目をした美しい少女人形。
 (コフィンに乗ったコッペリア、という言い方をするとなかなかに的確かつシュールだな)
 もちろん、SARFのおかしなエースパイロットは決して時計仕掛けではないのだけれど。
 あの「空を飛ぶ」以外に一切無頓着かつ関心の薄い態度を眺めていれば、ついそんな空想を浮かべてしまったところで、誰も自分を責められないような気もする。
 はてさて、僕が手を振り歌いかけたとして、君は果たして応えてくれるのか否か。
 内心そんな事を呟いて僅かに苦笑しつつ。
 彼は彼女(どういう話の流れか、同僚にヘッドロックを決められてじたばたしている)の姿を横目に、再度仕事場へと戻っていった。

「彼女」と明記して書くのはたぶん初めての、エイビスおんなのこ版(略して「えびこ」)。人形に魂を、と望む人形師はゼペットだけではないのです。
あと「良く見れば可愛いよね、普段があれだけど」レベルでの人気はありそうだな、と。