[Mission Failed]:三叉路。

 << 目標を捕捉、攻撃を開始します >>
 白銀の峰を見下ろす空の上で、あのこは冷たく言い放った。
 << 嘘だろ、誤解だ、レナ! >>
 動揺を隠せずに叫ぶ彼の声にも、あのこは揺るがない。
 << 事実確認は不可能です。 >>
 白いSu-37と、随伴してきたR-101Uが、つい、と前に出る。
 いつか見たのと、同じ景色。
 << 待ってくれ、レナ!駄目だ…!そんなの、駄目だ…! >>
 息を飲む沈黙、何かを含んだ間を置いて、彼が、叫んだ。
 << させない…フィーは、俺が守る! >>
 あの時と同じ、泣きそうな声で。
 << ………じゃあ、行け。このまま真っ直ぐ、フィーと、代表と一緒に >>
 << …エイビス? >>
 << 守るんだろ。だったら、お前がフィーと行け。ここからなら、ニューコムのデニス空港が一番近い >>
 この後に来るであろう景色を、自分は知っている。燃えながら墜ちる専用機、あるいは火を噴いて弾け飛ぶR-101U。
 専用機が墜ちていったあの時、彼は歯を食いしばって泣かないようにしながら、それでも泣いていた。
 かのじょを墜としたあのこは、一人で声を殺して泣いた。
 きっと遠く離れた場所で、かのじょの姉さんも泣いたのだろう。
 << もしかしたら、お前だったら、フィーを泣かせずに済むかもしれない。俺には無理だったけど、お前なら >>
 もう一つのあの時でも、最終的に自分はかのじょが泣くのを止められなかった。
 かのじょを墜とせなかったあのこは、翼を奪われて泣いたのかもしれない。
 燃え尽きて消えてゆくデルフィナスのために泣いた人だって、もしかしたら。
 << 何かを決めないといけない時、だれ一人泣かない結果なんか、きっと選べないんだ。…だったら、可能な限り泣く人が少ない選択肢を選ぶしかないんだよな >>
 だから。
 << …オマエ、さっきから何言ってるんだよ?どうする気だよ、おい…! >>
 あの時は選ばせてもらえなかった選択肢を、今なら選べる選択肢を、自分は選ぶ。
 << 議論している時間なんかないだろう。…信じてるからな、絶対守れよ? >>
 << あ…ああ >>
 彼のR-101Uが加速して専用機の横に付いたのを確認し、自分もスロットルを全開にして、前に出る。
 専用機とあのこ達の間へと割り込むように駈け抜け、反転しながら白い翼にロックオン。IFFは友軍表示を示して抗議してくるのを強引に識別を書き換えて黙らせ、宣戦を布告。
 << ……命令違反…! >>
 返ってきたのは、短いが明白な抗議と叱責の声。
 そんな事は判っているさ、と口の中で呟いてトリガーを引く。
 明らかに牽制と判るような射撃にも関わらず、大きく避けたSu-37は、専用機から距離を離してしまう。
 予想通り。普段のあのこなら、こんな雑な機動はしない。
 あの時だって、決して迷っていなかった訳じゃないのだろう。そこを利用させてもらうだけだ。時間が稼げればそれでいい。
 少しずつ遠くなっていく二機を見送り、たぶんもう大丈夫だろうと判断して、オーバーシュートを誘う白い翼の企みに、あえて乗る。
 あのこがトリガーを引くタイミングに合わせて、止める間も無い完璧な呼吸で、前に出る。
 (ああ、これだと結局、レナは泣かせてしまうのかな)
 専用機を墜とせなければ、その責任を問われるかもしれない。それでも、妨害行動を行ってきた相手である自分を撃墜していれば申し開きも立つはずだ…それが、あのこにとって良い結果かどうかは判らないけれど。
 纏まりの無い思考が流れるのを他人事のように感じながら、その瞬間を待つ。

 一瞬の空白と、衝撃。

 << そんな、そんな……! >>
 あのこが、息を飲んだ。当てるつもりで撃ったんじゃないのか、レナ?
 << ……バカ野郎…ッ!それで、それでいいと思ってやがるのか、このバカ!! >>
 彼が涙混じりの声で怒鳴った声が、した。こんな時までバカ呼ばわりされるとは思わなかった…いや、されて当然か。
 (…あいつ、ちゃんとデニス空港まで行けるかな)
 墜ちながら、ふと、心配になる。本当なら心配されるのはこっちのほうなのだろうけど。
 真っ直ぐに墜ちていく、たぶんあと1秒もしないで燃え尽きるコフィンから見上げる空は、みるみる遠くなっていく。自分の名を呼ぶ声も、なにもかも。
 あのひとはたぶん、この結果に怒るだろう。落胆して、そしてきっと少し笑うだろう。バカな奴だと、笑うのだろう。
 誰かを泣かせる選択肢しか選べないのに、自分のために泣いてくれる人がいる事が嬉しいと、そう思いながら消えていく俺のことを。


実際ゲーム内では絶対に選ばせてもらえない結末だし、主人公という存在を考えると自己破壊に繋がる行動という選択肢はありえないはず。
もし、それでもその選択肢を選ぶとしたら、それは一体「何」なのか。