[A CANOPY OF STARS]:星に願いを。

 「レナ、無事だったか!」
 「…ケガは無いか、レナ」
 海岸線にうずくまる、巨大な黒い翼の上で。
 その傍らにコフィンを突っ込ませた自分とエリックがキャノピーを上げて飛び出したなり、
 「流石、って言えばいいのかな」
 防護服を脱ぎ捨てた軽装で佇むレナは、何とも言えない顔でそう言った。
 「……何が」
 「教本に載ってそうなくらいの見事な不時着。」
 ああ、慣れてるな、って思って…と言いながら、堪え切れなくなったのか小さく噴き出して。
 「あははははははは…ごめんなさい、でもなんか、おかしくて…ふふふ」
 目の端に滲んだ涙を拭いながらも、くっくっく、と笑うレナを前に、思わずエリックと顔を見合わせた。
 彼女がこんな笑い方をするのを見るのは、初めてかもしれない。
 「ん?…レナ、あれは?なんだっけ、コフィン用のケーブル」
 自分と同じことを考えていたのか、まじまじと彼女の顔を見つめていたエリックが、ふと声を上げる。
 その声に、一瞬自分の首筋へと手をやり…再び、レナは小さく笑う。
 「ああ、あれ?……ふふ、捨てちゃった。」
 怒られるかな、と言いながら更に笑う彼女に、その言葉はあっさりと出た。
 「……レナが決めた事なら、いいと思う」
 彼女と翼をつなぐもの。彼女を空に縛るもの。
 世界は空だけだと、そう思い込んでいた彼女が自分でそれを捨てたのなら、いいのだろう、それで。
 それに。
 「レナは別に、空を捨てた訳じゃないんだろう?」
 訊ねれば、どこか晴れやかな、それでいて少しかなしそうな顔で、彼女は小さく「うん」と頷く。
 「この先どうなるかは判らないけど、たとえ飛べなくなったとしても、空のことも、この翼のことも、あのひとのことも…かのじょのことも、忘れないつもり」
 空にしがみつくために墜としてしまった人々を思ってか、彼女の視線は、一瞬揺れる。
 僅かに下を向いて、それでも、もう一度顔を上げて。
 彼女は自分達を見上げて、きっぱりと頷いた。
 「うん、わたし、忘れない。ただ忘れないでいるだけじゃなくて、思い出の中に押し込んじゃわないで、ちゃんと考えながら、思いながら、歩いていきたいなって。難しいけど」
 「やれるよ、きっと」
 その声に応えるように大きくひとつ、頷いて。
 口元に笑みを浮かべたエリックが、ぽん、と彼女の頭に手を置いた。
 ちょっとだけ、驚いたような顔をして。レナは、泣き笑いにも似た笑みを浮かべた。

 波打ち際には、自分たち三人の足跡と影だけ。
 「…どうするかな、これから」
 黒い翼に腰を下ろし、溜め息混じりに空を見上げて、エリックが呟く。
 「UPEO襲撃しちまったもんなあ、俺ら。今頃犯罪者だぜ」
 「……借りを返しに行く、って躍起になってたのはお前だろう。…もしかしてその場の勢いだったのか、あれ」
 横から指摘したら、黙り込まれてしまった。図星だったらしい。
 「一応、クーデターの拠点であるスフィルナは撃墜したし、治安維持活動、で押し通しきるのは…難しいか」
 「パーク司令からのSARF解散命令と、革命に賛同する旨を明言してるメールは消去してない、けど…説得力は、少し弱いかもな」
 革命を指揮していたあの男と司令との会話も、ほんとうは知っている。
 『ゼネラルとニューコムの焼け野原に立つのは、この私だ。』
 あの声は忘れないし、間違えようが無い。
 ただ、「見ていたから」というだけでは証拠にしようが無いのも、また事実。会話のログ等も、司令が逃げ出す際に消去されているだろう。
 そもそも、どうやって見たのかと聞かれても、自分自身が答えられないのだから始末に負えない。
 「何とかありったけの証拠提出して釈明するしか、ないか」
 故・クラークソン代表派だって、まだUPEOにはいる。今回の騒ぎに司令が関わっていた事が明確になれば、パーク派も流石に口出しはできない、かもしれない。
 「あーもう、なるようになれ、だ!」
 やけっぱちのような叫びを上げて、ごろり、と後ろに転がったエリックが、ふいに歓声を上げた。
 「お、すげえ星!二人とも見てみろよ!」
 声につられて見上げれば、漆黒の夜空にガラスの破片でもぶちまけたような銀色の煌めき。
 「……うわあ」
 隣で、同じように空を見上げたレナが声を上げる。
 「………………」
 満天の星空の下、三人で星を眺めているうちに、慣れない状況予測をいつまでも繰り返すのが何だか無意味に思えてきて。
 「……なるようになれ、か」
 口の中で呟いて、黒い翼の上に寝転がる。
 行動はすでに起こしてしまったのだから、あとは結果を待つしかないのだろう。
 ならば、それまではこうして星を眺めていても…誰も文句は言わないはずだから。

UPEOルートのEDが一番「EDらしい」と思いつつ、ひっそりと[電子ツバメの舞う空]の続きっぽいかも。
オプトニュートロンケーブルを引きちぎって捨てるレナの背中が凛々しくて好きです。ああ、何か吹っ切ったんだな、という感じがして。