[REALITY DISTORTION]:境界線の上。
ミッションを終えて帰投する途中で、彼はぽつりと呟いた。『…こっちに来てからずっと黙ってるけど…機嫌、悪いのか』
---別に、ワタシは元々おしゃべりするためのものではない、ってだけで。そもそも、機嫌を損ねているのはワタシよりむしろアナタのほうでしょう。
即答してやると、相手は僅かに眉根を寄せる。『……そう見えるか?』
---さっきからノイズ多いですよ。他のヒトからどう見えるかまでは知りませんが。
『…………』数ナノセカンドの沈黙。
---ほら、ノイズが増えた。やっぱり機嫌が悪い。
『…あれは、レナじゃない。レナの抜け殻だ』そう呟いて、彼は、小さく首を振った。
思い出しているのだろう、ついさっきUPEO本部から『救出』してきたパイロットの虚ろな顔が、共有領域をよぎる。
『俺には、隊長(チーフ)や彼の言う理想ってのはよく判らないけど、それを実現する手段のひとつとして、確かに武力が必要な局面はあるかもしれない。でも、あれで…あれで本当にいいんだろうか』
ウロボロスの掲げる理想…人類の電脳化。
ヒトの実存を物理基盤(アナログ)から情報(デジタル)へと移行することで、その枷を取り払おうと試みる思想。
それを世に知らしめるための、武力革命。
---アナタだって基本的に入出力デバイスはアナログでしょう?それに対して限界を感じたから、ウロボロスの思想に賛同したんじゃないんですか。
『不自由とは思ってないな。最初からそういうものだ、って思ってたから』オマエもそうだろう、と逆に訊ねられて、ああなるほどと納得する。
最初から固定された役割と自己認識を持って存在している以上、それに対する疑問も不満も有り得ないのは、確かに事実だ。
---逆に固定されていないからこそ限界や不安を感じるのでしょうかね、ヒトは。
『…判らないな。だから、それが知りたくて。一緒に来たら判るだろうか、そう思って来たんだけど…レナを見て、もっと、判らなくなった』レナは、もしかしたらあのひとたちの作りたい世界を一番望んでいたかもしれないんだ、と呟いて、彼はもう一度、微かに首を振る。
『彼だったら、それを良く知ってたはずなのに。その世界を作るコマとして、あのこを抜け殻にしても構わない、っていう事が、俺には…判らない』
空に焦がれたその目はもう、空を素通りしてしまっている。
抜け殻になった身体を捨てたところで、そこには何も残らないというのに。
---つまり、アナタはそれに対して機嫌を損ねていて、それがノイズの原因、ってわけですか。
『…正直、それもよく判らない。彼のことも、隊長のことも、レナの事も、俺自身の事も、あれこれ不明瞭な事が多すぎる。判らないことばかりだ』微かな溜め息。
『隊長はヒトが電脳化したら、デジタル化した思考を共有することで全てを越えて理解しあえるって言うけど…だったら、今こうしてリンクしてる俺に何が判らないのか、オマエには判るか?』
---無理ですね。アナタ自身が把握しきれていない情報をいくら与えられたところで、理解は不可能ですよ。
『…だよ、な。』最終的には自分で考えるしかないわけだ、と、もう一度溜め息をついて。
遠くにその姿を現した空母スフィルナのシルエットを確認して、彼はデータリンクを切った。
[イルカに乗って]の続きっぽいもの。デジタルの立場から見たウロボロスはどう見えるのだろう。
あと、NEU>ウロボロスルートでの虚ろな目をしたレナは明らかにディジョンに何かされている気がして怖いです。