[Void]:カミングアウト。
飲みかけのビール缶を片手に、「たとえばの話」と前置きして。「俺が『自分は本当はヒトじゃない』と言ったら、お前どうする?」
どう聞いても冗談にしか聞こえない内容を、この男は相変らず本気だか何だかわからない顔で言う。
ついでに言うならば、すでに3本だか4本くらい空けている顔にも見えないのだけど…何だかちょっと座った目に、ああ、コイツ酔っぱらってるなと思ったから。
「笑えない冗談だな、としか言いようがねえだろ」
「…やっぱりそうなるか」
当たり前だ、と答えれば、そんなもんか、と返ってきて。
「……じゃあ、冗談ついでに仮定を更に重ねてみるか。これが冗談じゃなくて事実だとしたら、っていう」
俺はスフィア生まれのコフィン制御用AIで、この身体は医療用ナノバイトの寄せ集めなんだ…などと言いつのるのを見ているうちに、とうとう我慢の限界を超えて噴き出してしまう。
「オマエね、冗談かますにしてももう少しそれっぽいの考えたほうがいいぜ?」
日頃のすっとぼけた言動を知っているならともかく、周囲に浸透している「無表情でクールなSARFのエース様」しか知らない人間が聞いたらうっかり信じかねない。
「…ダメかな、やっぱり」
「あったりまえだ、バカ」
難しいなあ、と言いながら珍しく笑うヤツの背中をばしばし叩きながら一緒になって笑って、そのまま夜半過ぎまで呑んで帰って寝て、そのまますっかり忘れていた。
実は冗談でも何でもなかったらしいと知ったのはずっと後になって、アイツが墜ちた後に連絡するべき家族も戸籍も何もかもが存在していない事が判ってからだった。
奇跡的に原形を留めていたコフィンの残骸にも、アイツの痕跡は何も残っていなかった。シートもそのまま残っていたというのに。
あの時、アイツはどうしてあんな事を言ったんだろう。
周囲に知れたらあまり愉快な結果になるとも思えないような事を、わざわざ人に言うほどバカではなかったはずだ。
あえて冗談として流させるための予防線だったんだろうか。だとしたら大成功だ。むしろ本気にとる奴がおかしい。
ただ、他の誰にもそんな事を言っていなかったらしいのだけが、少し引っ掛かる。
もしかして、と時々思う。アイツは、自分の事を知っていて欲しかったんだろうか、と。
だとしたら、僚機としてなのか友人としてなのか、少なくともそのくらいには信用されていたんだろうか。
当人がすでにいない以上は聞く訳にもいかないので、結局未だに判らない。
珍しくエリック視点、ありえなくはない結末パターンのひとつ、のようなもの。
「彼」は冗談めかして真実をはぐらかしたかったのかもしれない。もしかしたら、ひとりぼっちは[誰だって/何だって]寂しくなる、のかもしれない。
とりあえずナノバイトがうんぬん、はオフィシャルでの「医療用にも使われている」設定から、基本になる遺伝子データさえうまく用意できれば人間ひとりくらい作れるんじゃないか?という個人的妄想。医療用パーツの組み合わせでもおそらくは可能、ニューコム脅威の技術力だったら(おおっぴらにはできないだけで)きっと作れる。