[KISS & CRY]:伝達事項。

 「…定時だ」
 「…了解」
 呼ぶ声に顔を上げれば、そこには自分。
 同じ顔をした[少女/青年]に頷いて、色の無い空の下で一歩踏み出す。
 「前回から約21600秒、こちらのアップデートは特になし」
 「こちらも空白分の記憶ログ以外に更新事項はなし」
 「ん」
 頷く「自分」に顔を寄せ、唇を重ねる。
 触れ合った舌先から微かな電気信号が走って、互いの情報を伝えてくるのを受け取り、手早く処理しながら。
 人間の目から見たらおかしな光景だろうか、と、どちらともなくぼんやりと考える。
 スフィア内で「手渡し」などして余計な処理時間(まず取り出して圧縮して受け取って展開して読み込んで)を取られるより、こうして直に接触して「口移し」したほうがよほど速くて確実な手段なのだけれど。
 (……全然別の手段でもあるからな、向こう側じゃ)
 (……俺には、よく判らないけれどな)
 相手に好意を示すための行為、というのはまあ、知っている。
 心を伝えるためのもの、と、結構前に誰かが言っていた…誰だっただろう。一時記憶メモリに入れっぱなしにしとくんじゃなかった。
 そんな事を思い出しながら、その記憶と記録も交換し、共有する。
 伝わるのは、ただ、それだけ。
 ((…俺の心は…どこかに、あるんだろうか))
 相手がいないから伝達しようがないのか、それとも最初から存在しないのか。
 互いに「自分」の奥底を探るように絡めあう舌先は、ぴりぴりと微かに痺れるばかりで。
 真っ直ぐこちらを[見上げて/見下ろして]くる視線は、微動だにしない。


絵板ログにおまけ的にくっつけていたものを手直し。
メインとバックアップという設定の主人公ふたり。冗談で「バックアップ手段は口移し」と言った事がありますが、ほんとに口移しでログ共有だったら面白いような厭なような。実際は普通にオンライン同期だと思いますが。
知人に見せたら「いいからまずお前ら目を閉じろ」という至極もっともなツッコミもらいつつ、盲点といえば盲点。同一人物(?)同士でそんなとこに気を使わなくても…(笑