[cogito cogito, ergo cogito sum.]:わたしという現象。

 愛機が微小構造体に侵食されながら悲鳴を上げる。繋がるわたしも、同じように悲鳴を上げる。
 雪崩れ込み、縋り付き、喰らい付いてくるナノバイトの群れ。わたしの翼が、かれらと同じものに変えられてしまう。
 かれらは、翼に繋がっているわたしも、同じものに作り変えようとしているのだと気付いた瞬間、わたしは声を限りに絶叫していた。
 << いやああああああ、来ないで!わたし、わたし、ちがう…!あなたたちと、ちがう! >>
 首筋が、灼けるように熱い。
 真っ赤に焼けた金属の棒を首筋から頭に突き込まれて掻き回されているかのような激痛。
 脳に痛覚はないなんて、嘘だ。こんなに痛いのに。苦しいのに。
 痛みで朦朧とする意識の奥底で、そんな考えが浮かんでは消える。
 それは、わたしがわたしでなくなってしまう痛み。
 ちがう、ちがう、わたしは、あなたたちとは、ちがう!わたしは、わたしは……
 絶望と混乱の真っただ中、縋り付いてくるものたちの気配が突然ぶつり、と途切れた。
 それと同時に翼との接続も失って再度パニックになりかけたわたしにかけられる、低い声。
 << …レナ、落ち着け、レナ >>
 抑揚の少ない、だけど柔らかな声。合成音声とは思えないほどの、優しげな、声。
 << 直接接続(ダイレクト)を一時的に切らせてもらった。間接接続(コネクト)に切り替えて、低速度で飛行を続けてくれ。中和剤を投下する >>
 だから大丈夫だ、と続ける声に合わせて。
 声の主の無いはずの手が、わたしの手を握った、そんな気がした。

 「……今日は、ありがとう。それと…ごめんなさい」
 ぺこり、と端末脇のカメラに向かって頭を下げる。
 『いや、俺はチームメンバーの危機に際して可能な限り適切な行動を取っただけだから。レナが礼を言う必要も…ましてや謝罪する必要も、ない』
 コール画面の向こうには、誰もいない…代わりに、UPEOのシンボルである鳩をモチーフにしたキャラクターの線画アニメーションがぱたぱた羽ばたいている。
 「ううん、言わせて。あの時、あなた達が助けてくれなかったら、わたし…かれらに呑み込まれてしまってた。そしたら、きっと心まで機械にされちゃう痛みに耐えられなくなってたと思う……」
 言ってしまってから、しまった、と思う。
 相手は無人戦闘機の制御用AI、生まれついての機械なのに。
 「あ、ごめん…」
 『どうして、レナが謝罪する必要がある?』
 疑問形のその言葉は、ほんとうに疑問なのか、非難しているのか、容認しているのか、わからない。
 今の平坦な声からは、「彼」の考えが読めない。あの時は、あんなに優しそうだったのに。それともあれは、わたしの思い込み、錯覚だったんだろうか。
 『…レナは、ヒトだろう。あいつらのようには、なれない。無理に作り変えようとすれば、拒絶されて当然だ』
 わたしの考えを遮ったのは、少し、意外な言葉だった。
 「え」
 『それに、あいつらには「個」という概念がない。レナはレナで、あいつらじゃないという事を理解しない。だからレナがレナであり続ける以上、個を否定する全に呑み込まれる事に対して拒否反応を示す事は不自然じゃない。よって謝罪する必要は、ない』
 思わず見返す画面の中。鳩はいつの間にか羽ばたくのを止めて、こちらを見つめながら首を傾げていた。
 もしも「彼」にひとのような姿があったなら…たぶん、同じような仕草をしていたのかもしれない。
 「………あのね、わたし、小さい頃ね、機械になりたいって思ってたの」
 ふと、言葉が零れる。
 『…レナ?』
 「こんな病気で、近所の公園に遊びに行くのでさえ、月に行くような格好しなくちゃいけなくて。だから、ずっと思ってた。いっそのこと、機械にでもなっちゃえばいいのにって。病気も、死さえも修理しちゃえたらいいのに、って」
 一度口にしてしまうと、言葉は後から後から零れてくる。
 「ゼネラルに入って、ダイレクトのテストをするようになっても、ずっとそうだった。空にいる時は、病気のことも忘れていられたけど…わたしのこと、コフィンの部品みたいな目で見ている人も多くて。ほんとに部品のひとつなら、イヤな思いする事もないのに、そう思ってた」
 堰を切ったように、わたしは喋り続ける。「彼」は黙ったまま、わたしの言葉を聞いている。
 自分でも唐突な話題だと思うくらいだから、「彼」にはどう答えたらいいのか、そもそもわたしが何を言いたいのかも、わからないのかもしれない。
 けれども、言葉は止まらない。
 「……でも、そうだよね。わたしはわたしで、それ以外になんかなれなくて、今ここでこうして生きてるんだよね」
 そう、口にした瞬間。ほんの少しだけど、心が軽くなった、気がした。
 ああ、そうか。わたし、これを言いたかったんだ。口にする事で、確認したかったんだ。
 わたしが生きてる限り、わたしがわたしである限り、わたしの心はわたしのなかにあって、今まで翼が無ければ自由になれなかったそれはたぶん…ほんとは翼が無くても飛べるもの、のはずだから。
 ありがとう、それに気付かせてくれて。それを思い出させてくれて。
 「…ありがとう。あなたのおかげで、わたし、やっとわたしになれたかも」
 『……………え?』
 そんな声まで出せるんだ、と思わず感心してしまうほどに間の抜けた声と、文字通り豆鉄砲をくらったように、ぽとり、と落ちる鳩に、思わず笑いがこぼれた。
 「…ごめんね、何かよくわかんないこと、一方的に喋っちゃって。でも、聞いて欲しかったの」
 『…今一つ状況が理解できないが…レナは言葉にする事で、自分の考えを確定させたかった。そのための聞き役として、会話していた俺が必要で、それに対しての謝意を示した、そういう解釈でいいのか?』
 どことなく困惑したような声に、「そう思ってくれればいいよ」と答えて。わたしはもう一度、小さく笑った。
 こんなに素直に笑ったのは久しぶりだなと、そう思いながら。


初めてかも知れないレナの一人称で、[不在の在]や[電子傀儡]と同じ、無人機搭載型主人公設定でのナノバイト中和ミッション。機械になりたかったあの子と、ほんとうに機械である「彼」との対比というか微妙なズレを書きたかった…割にはなんか上手く纏まらなかった感が。
タイトルは宮沢賢治の詩の一節「わたくしという現象は、仮定された有機交流電燈の、ひとつの青い照明です」と、有名な「我思う、故に我在り(cogito, ergo sum)」を元に後世の作家が述べた「我思うと我思う、故に我ありと我思う」のラテン語訳。どっちも好きな言葉なもんで。