[stratosphere × electrosphere]:クロスオーバー。

 試験評価機、というものを生業にしているというのは、結構大変な事らしい。
 自分以外に同じ事をしているエアロコフィンを知らないので比較のしようがないが、同僚の言葉によればそういう事なのだそうだ。
 「だってよ、休暇も貰えないし給料も出ないのに、毎日ハードな訓練だの調整だのに追われてるわ、どっかから「見せてくださいー」って言われりゃデモンストレーションはしなきゃいけないわ、だろ?」
 『…いや、それは人間の目から見た基準だろう。俺は休暇も給料も必要ないし…むしろ負担が大きいのは周辺スタッフじゃないのか?少なくとも俺は折角取った休暇も返上で出勤してきたり、真夜中にげっそりした顔でコーヒーを何杯も口に流し込んだりはしないでいい』
 「うへえ、そりゃ酷い話だ…でもよ、そう思うんなら、たまにはねぎらいの言葉をかけるとか、ちょっとした事に対して「ありがとうございます」の一つでも言ってみたらいいんじゃないか?」
 その修羅場の上にオマエってもんが成り立ってんだしさ、と言われて考え込む。
 ニューコムからの出向スタッフ達は自分たちの仕事を完璧なものにするためにオーバーワークも厭わず職務に励んでいるものである、と認識していたのだが、そう言われてみればそれは自分のためであり、それに対して感謝の意を表明するべきというのも筋が通った意見と言える。
 『…感謝の意を述べたら何か改善される、かな』
 「少なくとも円滑なコミュニケーションの手助けにはなると思うけどな。そもそもオマエ、そうやって人と会話が出来るんだからさ。活用しないともったないだろ」
 『そういうものかな』
 「そういうもんだと思うぜ」
 要求される課題に結果を出し、それに対しての評価を得るのが自分の役割だと思っていたが、それ以外にもやるべき事は多いようだ。
 なるほど、確かに試験評価機を生業にする、というのは大変な事らしい。


 その日のテストを開始するべく誘導路に入ってきたところで、『彼』は滑走路脇に見慣れない人物がいる事に気付いた。
 << SARF04より管制、今日はデモンストレーションの予定、入っていましたか? >>
 << 緊急のお客様、だそうだ。まあ、単なる見学みたいなものだし、見せるのはいつもの一連の機動でいいとさ >>
 管制に問えば、戻ってきたのは気の抜けた答え。
 えらく気軽な言い方だが一般公開はしていなかったはずだ、と首を傾げ(比喩的表現)ながらも、『彼』は見学者を確認しようとカメラの焦点をそちらに合わせる。
 確かにいつものデモンストレーションほど気合が入っているわけでもなく、本来ついているはずの解説スタッフもいないまま、たった一人で佇みながら手元の資料を眺めていた見学者は…意外な事に、ジャケット姿の中年の女性だった。
 近くを通り過ぎる整備員や職員達が挨拶したり、会釈して通り過ぎているところを見ると、基地の関係者なのだろうか。
 おそらく40代から50代。白いものが混じる茜色の髪をまとめる青いリボンが目を引くが、他に目立った特徴はない。
 首から下げたIDカードも確認し、見学者の名前と、中央ユージアで航空輸送業を営んでいる事までは把握したが…まさか輸送スタッフに自律型コフィンを使いたいというわけでもない、だろう。
 なるほど、確かにただの見物のようだと結論づけ、『彼』はそのまま目の前の空へと真っ直ぐに駆け上がっていった。

 「へー、大したもんだね」
 テスト項目を着実にこなしていくデルフィナス#1を手にした双眼鏡で追い掛けながら、短く口笛を吹いて。
 「自分で考えて飛ぶ戦闘機か。ISAFも進んだもんだなあ。ぼ…私が現役の頃からは考えられないね」
 「やだなあ、まだまだ現役じゃないですか」
 「んなことないって、今じゃただの運送屋のおばちゃんだよ。ああでもほんと、あと10年若かったら一緒に飛んでみたかったんだけどな」
 周囲で忙しく立ち働く整備員たちとそう笑い合い、彼女はもう一度空を…その中を縦横に泳ぐイルカを振り仰ぎ、どこか懐かしい飛び方を見せるその翼に、心なしか複雑そうな笑みを浮かべた。
 「…あーあ、あのヘンな捻り方、そのまま教えちゃったんだ…大陸戦争んときの記録丸写ししてるな、あれ」
 まあそのうちおかしいって気付くか、頑張れひよっこ、と呟きながら。
 彼女は遠くから自分を呼ぶ声に応えて踵を返すと、そのまま滑走路を後にした。


 テストを終えてハンガーへと向かいながらもう一度滑走路脇を見れば、見学者はもうそこにはいなかった。
 『……誰だったんだろう、あれ』
 「あ?ああ、あの人か。何でもNUNが創立される前からパイロットとして勤めてた人らしいよ」
 「そこらのおばさんにしか見えないけどな、昔はエースだったんだと。一時期UPEOにもオブザーバーとして勤めてたそうだ」
 「つまりお前さんの大先輩って事だな」
 『…なるほど。大体は理解しました、ありがとうございます』
 呟いた声を拾ったのだろう、デルフィナス#1に各種機器を接続していた若いスタッフたちが答えてくれたのに短く礼を述べ。
 もう一度滑走路のほうを見遣り…テスト終了の声に応じて機体との接続を切ると、テスト中に同僚からメールが来ていたのに返事をしようと、彼の部屋の端末へとアクセスを開始。
 数秒の呼び出し音の後、応答してきた同僚に軽く挨拶して。
 『…ところで、何でいきなりメールしてきたんだ?テスト日程はSARFの全員に通知されているだろ』
 「馬鹿野郎、一大事だぞ一大事!これがメールしないでどうしろって言うんだ!オマエ見たんだろ、どうだったよおい!」
 疑問を口にするなり物凄い剣幕で意味不明な返答を返されて、どう反応したものかと考え込む。
 『悪いが、俺は何も見ていない。何かあったのか?』
 「ウチに!あの![リボンの魔女]が!来てたんだっつーの!大陸戦争の英雄の、あの[メビウス1]!そっち行ったらしいんだよ、どうだった!?」
 『……………飛び入り見学者ならいた、けれど。それだけだったぞ?』
 「……それだけ?」
 『……それだけ。』
 しばしの沈黙が場を支配し…相手は画面の向こうで、ああもうっ、と頭を抱えた。
 「オマエなあ、もう少し先人を敬うとかそういうのを覚えろ!あと歴史も勉強しろ!空飛ぶしか能がないようじゃこの先ダメだぞ分かってるのか!」
 『…いや、俺は元々空を飛ぶためのものであって、他は…』
 「いんや、そうやって人と会話ができる以上は周囲と上手くやってくために必須だ!覚えろ!」
 何だか物凄い理不尽な要求をされている気がするが、これまた一理あると言えばあるので一概に否定する事もできない。
 要求される課題に結果を出し、それに対しての評価を得るのが自分の役割、のはずなのだが。次から次へと困難な、しかも本来の目的とはあまり関係ないはずなのに無視もできないような課題が出てくるのはどういう訳だろう。

 試験評価機を生業にするというのは…やはり非常に大変な事、らしい。


絵板でらくがきした「デルフィナス#1とメビウス1」からの派生ネタ。絵のイメージから無人機搭載型主人公設定で。
あまり直接的な接点はなさそうだな、と思ったのであくまでニアミスな感じ。例えるなら「坂井三郎氏が三菱の試験飛行場にふらっとやってきて、それを見かけた若いスタッフが『あのおじいさん誰?』となるような状況(相方談)」。凄い例えだけど間違ってない気がします。