[I,coffin]:きみのとなり。

 「よ、お疲れさん」
 『お疲れさま』
 いつもの訓練飛行の終了後。
 いつものように同僚が脚立を引っ張ってくると、キャノピーとほぼ同じ高さに腰掛けて挨拶してくるのに、挨拶を返す。
 「なあ、先週貸したあの映画、見たか?」
 『ああ』
 「…そんだけ?オマエとしては、ああいう作品ってどうなの?」
 『ヒトの目から見た機械知性に対する解釈・認識の一種として参考にはなった』
 面白いから、と言われて押し付けられたシネマディスク。
 さすがにディスクケースを開ける事はできないのでスタッフに頼んで適当な端末で再生してもらったのだけど、その際に思い切り妙な顔をされたのは…まあ、映画の筋立てが所謂サイエンス・パニックもので、しかも人工知性の叛乱を扱ったものだったから、ある意味当然だったかもしれない。
 「…いや、俺はオマエがあれ観てどう思ったとか、そーいうのを聞いてるわけでね」
 『………前述の理由に基づいて興味深いな、と思ったけど。駄目か?』
 事実、自分が[知らない/解らない]価値観や考え方を提示されるというのは結構面白い。一つの物事を考える際の判断材料が増えることにもなるし。
 なので、そのままを述べてみたのだけれど。
 「うーん、駄目って訳じゃねえけどさあ…………でもこう、ほら、あれだ」
 どうにも先程から彼は言葉を濁し続けるばかりで、何を言いたいのかが判然としない。
 『?…何だよ、はっきりと言わなければ意図が解らないぞ』
 「……………あ、あー…うん、ほら、その、あれだよ、オマエは、どうなの?」
 『……だから、質問の意図は明確にしてくれ。そういう曖昧な表現を繰り返されると困る』
 「……あの、さ。オマエは、人間のことどう思うよ?やっぱ、判断遅かったりワケわかんない事言ってウザかったり、邪魔だったりとか、するわけ?」
 視線を明後日の方向に向けながら決まり悪げに訊ねる同僚の姿に、ああなるほど、とようやく腑に落ちる。
 (こいつ、俺があの映画のような事をしないかが不安なのかな)
 あるいは、スタッフに苦情でも言われたのかもしれない。「うちの子に悪影響があるような映画を見せるな」とか。
 『………………………』
 「………………………」
 しばらく返答をせず、カメラ全部を使って「視線」を合わせてやると、彼はますます決まり悪そうな顔で頭を掻いたり空を見上げたり小刻みに膝を揺らしたりと挙動不審に陥っていく。
 ちょっと面白いが、あまり引っ張るのも余計な誤解を招きそうだ。
 そうなるとあれこれ不都合な事が起こりかねないので、手っ取り早く事態の解決を図る事にする。
 『…とりあえず、だ。その質問がすでにお前の言う「ワケわかんない事」だ、というのは理解してるよな、エーリッヒ=イェーガー君?』
 「…う」
 いつも彼女が小言を言う時の真似をしてフルネームで呼んでやれば、各種光線や熱分布、ありとあらゆる視界の中、彼がぎくりとした顔でこちらを見返す。
 『とはいえ、逆にお前もそう考える事あるだろう?そういう事なんじゃないかな。もともと違うものなんだから、それを比較して優劣付ける、という事には意味がない、と思う。俺はこういうもので、お前はそういうもので、互いに違うという事を認識できていれば、それで問題ないんじゃないか?』
 「そ、そうなの?」
 『俺としても結論を出せるほど熟考もしてなければ判断材料も揃い切っていないから、これが回答になるかは解らないが…問題、あるか?』
 「…いや、ない、と思う……たぶん」
 実際、本当にそれが結論かと自問しても答えがまだ出ていない暫定的なものでしかないのだけど。
 一方の当事者である自分にも、もう一方の側であるヒト(の極一部)である彼や周囲の人々にも、それはまだ結論を出すには早すぎる事項なのだろう、とも思う。
 今はとりあえず、あからさまにほっとした顔で笑う友人にこちらからも笑い返せないのが少々残念、かもしれない。

 「やー、貸しちまってからヤベェ!って思ってさー。スタッフの人には怒られるし」
 『思慮が浅いと言うか俺も信用が無いと言うか…そもそも俺は機体の整備からシステムの調整と維持から、存在の大半をヒトに依存しているんだぞ。あの映画みたいに排除したら結果的に共倒れじゃないか、誰がそんな非合理的な真似するかよ』
 「……じゃ、そのリスクがなかったら?」
 『……そんなの決まってるだろう、その時考える』
 「うっわオマエいいヤツだなあ!俺、オマエと友達で良かったよほんと」
 『どういたしまして。………あ、こらカメラを撫でるな視界が曇る、拭いても油脂は取れないんだやめて止めてやめて』


無人機搭載型主人公ネタ、絵板に書いたものを少々手直し。
『彼』の意見は個人的にそんなもんじゃないのかな、と思っているヒトと人工知性の互いに対するスタンスです。多分に「戦闘妖精・雪風」の世界観が影響しているかな、って感じですが。特に雪風と零の関係。依存ではなく、共生と共存と協力の方法を模索してみている彼女と彼。