[Z.O.E.]:Beyond the Bounds:02

 夜半近くなり、誰も利用者のいなくなった食堂で。
 「……あれはXR-F01じゃない、ADF-01だ」
 「「「…………」」」
 何を言い出すんだコイツ、という目と、また訳の判らない事を、という目、それと心底不思議そうな目で三方から凝視されて。
 いつものポーカーフェイスが、僅かにたじろぐ。
 あら珍しい、とフィオナが思う間もなく、隣でホットココアを啜っていたレナが口を開いた。
 「あれ、というのは…あの赤い翼のことなの?」
 「………」
 無言で頷いて、彼はポケットから携帯端末を取り出すと、指先でつついて何かの書類をディスプレイ上に呼び出す。
 フィルムで撮られたものを使用しているらしく画質は荒いが、見間違えようの無いシルエットが佇んだ写真。
 「……ADF-01 FALKEN、開発元はノースオーシア・グランダーI.G。2000年代に解体されているが、一部スタッフをゼネラルリソースが吸収しているらしい」
 「ニューコムはゼネラルから分かれた企業…じゃあ、これはもともとゼネラルの機体って事?」
 フィオナの問いに、「それは判らなかった」と首を振って。
 「とりあえずこの写真は2010年前後のものらしい…ただ、これよりも前にもうひとつ、ADF-01の名前を持つ機体がある」
 言いながら彼の指先が呼び出したのは更に古い、色褪せた写真。
 捉えきれなかったのか、写されているのは機体の一部分…だが特徴的なその翼は、明らかに紅い色をしていると判る。
 「ADF-01 Z.O.E.。1990年代後半にユージア大陸で勃発したクーデターで、クーデター側が運用したとされる機体…当時としては画期的過ぎるほどに高性能な自律型戦術戦闘AI"Z.O.E."を搭載した無人機。最終的にはクーデター鎮圧のため投入されたスカーフェイス隊によって撃墜されている…らしい。非公式だけど」
 聞き覚えは、あるよな?
 そう言って三人を順に見回し、彼は端末を閉じるとポケットに放り込んだ。
 「…それって、つまり」
 「…何らかの方法で…たぶん、無人機開発の参考にするサンプルとしてADF-01と"Z.O.E."を入手したニューコムが機体のリファインとシステムの再起動を行って」
 「ところが今だにクーデターやってるつもりの"Z.O.E."は、最後に指定された標的を…スカーフェイス隊を探して飛び出した、って事か?」
 「……だと、思う…あくまで、俺の推測でしかない、けど」
 どことなく頼りなさげな様子で頷くエイビスを、しばし無言で見上げて。やがて、フィオナがゆっくりと頷く。
 「…急には信じられないけど、そう考えると…辻褄が合う場所もあるわね」
 「まあ、何にしろGRDFとNEUが総出で追いかけてるんだし、あの調子で飛び回ってればもうじき燃料も切れるさ…"Z.O.E."の戦争もそれでおしまい、だな」
 「ひとりぼっちのクーデター、か…とっくに戦争は終わってるのに、わからないんだね」
 ちょっと、可哀想かも。
 ぽつり、と呟いたレナに、三人もそれぞれ程度は違えど、同意を示すように小さく頷いた。


 ゼネラル・ニューコム両社の包囲網を掻い潜った"Z.O.E."が試験飛行中のパイロットと自称して民間飛行場で補給を受け、何処かへと再度飛び立ったというニュースがUPEOにもたらされたのは、その翌朝。
 「くそぅ、同情して損した!プログラムのくせして往生際が悪い野郎だ!」
 「状況に応じて偽装までこなすなんて、意外と柔軟性があるんだ…なんか、怖いな」
 憤然とレタスサンドを口の中に押し込むエリックの向かいで、フィオナが眉をひそめる。
 「…………」
 二人の様子を眺めながら、彼は、ふと自分の手元に視線を落とした。
 (……俺が、ほんとうは"Z.O.E."と同じものだと知ったら…みんなは、どう思うんだろう)
 自分がどういうものであるか、など、今まで気にも留めた事が無かった。
 ただ、空を飛ぶためのもの。それで充分だし、それ以上を求めようとも思わない。
 けれど。
 「…おーい、どうした?」
 「具合でも悪いの?」
 隣と正面から不意にかけられた声に顔を上げれば、二人が自分を見つめている。
 「…………もしも」
 意識せず、言葉が口から零れ落ちた。
 「…もしも俺が"Z.O.E."と同じものだとしたら、二人は…どうする?」
 彼の言葉に、二人は目を丸くして沈黙し…やがて、フィオナが小さく噴き出した。
 「……何言い出すかと思ったら、キミってば本当にヘンな奴ねえ」
 「っつーかお前、普段がアレだから冗談としても笑えないぜ…信じるバカがいてもおかしくないからやめとけよ?」
 我慢の限界、といった様子で下を向いてくすくす笑い始めるフィオナと、笑いを噛み殺しながら背中を叩いてくるエリックを順に眺めて。
 彼は……何故だか自分でも良く判らないまま、少し、笑った。

 『…あ、いないんですね…』
 部屋に帰ると、メールが届いていた。
 画面の中で、レナが小さく呟くと僅かに首を傾げる。
 『ニュースレター、見ましたか?…あれから、あの翼について少し、考えました。あれが、この先もずっとひとりぼっちで飛び続けるのは…やめさせないといけないんじゃないか、って』
 表情を曇らせて俯いた彼女は、そこでふと顔を上げると、こちらを真っ直ぐに見据えて口を開いた。
 『あてもなく飛んで、力尽きて墜ちただけじゃ、あれは…きっと、飛ぶ理由がなくなった事が判らないままじゃないかって、そう思います。』
 だから、誰かがそれを判らせて、そして墜とさないと。
 そう言って、画面の中の彼女…数分前のレナは、厳しい顔で頷いた。
 『…私、行きます。もちろん、正式な指令は出ていないから命令違反になるけど…でも、あれを放ってはおけないと、そう思うから。……このメールは、読み終わったら捨てて下さい。勝手かも知れないけど、誰かに、聞いて欲しかったんです…ごめんなさい』
 ぺこり、と頭を下げた姿を最後に、メール画面が閉じた。
 タイムスタンプは17分前。咄嗟に、レナの部屋の位置を思い浮かべる…あの位置からなら、ハンガーまでおよそ10分。
 今は日中。専用スーツを着なければいけない彼女が出撃までにかかる時間は…
 答えを出すよりも先に、格納庫と管制塔のカメラにアクセス。レナの姿を、彼女の翼を探す。
 (……いた!)
 白いフランカーが、滑走路に侵入しようとしている。
 飛び立つまで、さほど時間はかからないだろう。
 どうする?
 止めるか、追うか、待機するか。
 「向こう側」で、彼女が何か/誰か(ああ、これも思い出してはいけないらしい)を追いかけて飛び出した時…あの時は、「ついてきてほしい」と言われたから後を追った。
 今、ここで、緋色の翼を追いかけて飛び出そうとする彼女は、ひとりで行くと言った。
 ……前回の遭遇から考えれば、レナ一人で"Z.O.E."は墜とせない可能性が高い。むしろ、彼女が撃墜される恐れがある。
 自分が後を追って、二人…まだ、確率は低い。
 (…どうする?俺は、どうすればいい?…俺は、どうしたい?)
 『おい、滑走路、見たか!』『ちょっと、外見てる!?レナが!』
 考えを断ち切ったのは、ほぼ同時に開いたコール画面で、ほぼ同時に叫ぶ声。
 『出撃命令も出てないし、訓練の予定もないはずだ…どうするつもりなんだ!?』
 「…………メールが、来てた…"Z.O.E."に会いに行く、って…放っておけない、って」
 『……!』
 戸惑い顔のエリックの横で、フィオナが息を飲んだ。
 『…なんてこった………くそっ、俺も出る!』
 『そんな、無茶よ!第一、そんなことしたら命令違反で…』
 『じゃあレナを放っておけって言うのかよ!』
 「………放っては、おけない。…放っておきたくも、ない。レナも、"Z.O.E."も」
 口論になりかけた二人が、彼の言葉に沈黙した。
 「俺も、出る。…フィーは、この件に関しては無関係、という事でいい。むしろ万一に備えて、待機して…」
 『……あのね、SARFのメンバーが3人まで無断で出払っちゃって、残り一人が「私は無関係です」って言っても説得力ないのよ?』
 呆れたような、諦めたような、笑っているような、不思議な顔で。
 フィオナはそう言って肩をすくめると、今度ははっきりと苦笑を浮かべる。
 『ま、四人で仲良く処分でも始末書でも受けましょ?………じゃ、上空(うえ)で』
 『覚悟は決めておくか…じゃ、後でな』
 「……了解。」
 二人に頷いて、彼は出撃準備を整えるためにハンガーへと向かった。
 自分の成すべき事、ではなく、自分の成したい事、のために。

 北東へ向かって飛ぶ白いフランカー。
 その斜め後ろに、灰色のデルフィナス#1がつく。
 << フィー!?そんな、どうして… >>
 << あら、私はレナの二番機なのよ? >>
 通信ウィンドウの中で、青い瞳がウインクした。
 << 三番機もいるぜ? >>
 フィオナ機に並ぶようにしてもう一機、デルフィナス#1が。
 << ……SARF04、合流完了 >>
 レナの背後に、濃灰色のジャーファルコンが。
 << …みんな >>
 << ……レナが"Z.O.E."を放っておけないように、俺達はレナを放ってはおけない >>
 << 俺ら、全員揃ってSARFだしな。まあ、事が済んだら上層部(うえ)への言い訳は頼むぜ、隊長? >>
 << そうそう。期待してるわよ、UPEOのアイドル >>
 僅かに滲んだレナの声に、三人はそれぞれの言葉で「気にするな」と答える。
 << …目標、ADF-01 "Z.O.E."、所在地はおそらくノースポイント、旧クーデター戦時の指令要塞"イントレランス"跡地周辺空域と思われます。…SARF、出撃! >>
 << 了解。 >>
 << Willco! >>
 << 了解した >>
 まだ少しだけ滲んだ、それでも凛とした声に応えて。
 4機のエアロコフィンが、機首を翻した。


 それは、探していた。
 与えられた全ての任務を完遂し続けたそれに、最後に与えられ…そして、達成できなかった任務を。
 スカーフェイス隊の殲滅、部隊長であるスカーフェイス1の撃墜。
 それを成すことのみが、それの存在理由。
 だからそれは、探していた。
 まるで焦がれるように、ひたすらに。

 レーダーに動体反応。
 南から接近中の戦闘機の編隊であることを確認し、識別信号を探る。
 国連軍の機体、4機。その間でやり取りされる通信に、耳をそばだてる。
 << スカーフェイス1、まもなく目標空域に到達 >>
 聞き慣れた周波数で発せられた、聞き慣れたその名前。
 見つけた。
 見つけた。
 見つけた!
 そこにいたのか、スカーフェイス。
 目標発見、あとは殲滅するのみ。

 << SCARFACE1,insight. "Z.O.E." engage. >>


AC2&3混合ネタ・中編。"Z.O.E."はもうちょっと無機物っぽいような、そうでもないような。