[Z.O.E.]:Beyond the Bounds:03

 (……かかった!)
 レーダーに突如現れた光点に、彼は小さく呟く。
 "Z.O.E."が使用していた、古い無線…その波に、時折スカーフェイス隊を装った通信を乗せて流してみる、いわば「撒き餌」をしてみたのだが。
 効果は、思っていたよりも早く現れた。
 << おいでなすったぜ!SARF03、エンゲージ! >>
 << SARF01、交戦開始! >>
 << SARF02、エンゲージ! >>
 << SARF04………SCARFACE1,engage ! >>
 前と同じ、出合い頭のレーザー斉射をかわしながら。交戦コールを叫んだ彼の声に、僚機からの笑いが応える。
 << なるほど、アイツにとことん付き合うのもいいかもしれないな!じゃ、レナがスカーフェイス2だ、俺は3番機につく! >>
 << 了解。スカーフェイス2、エンゲージ >>
 << じゃ、わたしはスカーフェイス4ね…墜とすつもりで墜とされないでよね、臨時隊長! >>
 << 絶対に、とは言えないがベストは尽くす……で、いいか? >>
 << そういう時は嘘でも「任せておけ」って言うものよ! >>
 軽口を叩き合いながらも、各機は素早く散開。無茶苦茶なターンをして戻ってきた"Z.O.E."を捉えようとする。
 ディスプレイにロックオン警報。やはり"Z.O.E."は「スカーフェイス1」を最優先で叩き落とす算段らしい。
 << …スカーフェイス2、FOX2 >>
 回避機動を取ったジャーファルコン目がけて襲いかかろうとする"Z.O.E."の斜め後方から、旋回の終わり際を読んで放たれたミサイルを…"Z.O.E."は、背面へのレーザー斉射で撃ち落とした。
 コフィンシステムによって「背後の死角」はほぼ無くなったといっても過言ではないが、それでもパイロットの目はたった一対。前と後ろを同時に見る事は不可能だ。
 対する"Z.O.E."はキャノピー全周に配置されたカメラが捉えた映像を全て「見る」事ができる。光学視界を潰しても、センサーからの情報を全て読む事の出来る"Z.O.E."に、果たして死角は存在するのか。
 物理的な死角は、おそらく無い。
 (だが、電子的な死角は?処理そのものを潰すか、あるいは遅らせるかできれば)
 ニューコムの技術者達が多少手を加えているとは言え、半世紀前のAIに、果たして現在のハッキングに対する対抗手段が備わっているかどうか。
 例え備わっていても、やってみるしかない、という事実もある、が。
 「……やれるか?」
 (……おそらく)
 ENSI越しに、スフィアに向けて問いかける。コフィンの中から問われて、頷く。
 (コフィンの制御はそのままキープ、状況に応じてパターン振り分け)
 「接触してみる…不測の事態に備えてフィルタと障壁を準備」
 [スフィア内の/現実世界の]もうひとりの自分と作業の確認を行いながら、背後に迫り来る緋色の翼の方へと意識を振り向けて。
 …その「目」と、視線が合った。
 真っ黒い穴を覗き込んだような、深い、深い、深い、空虚。
 どくん、と鼓動が一つ、大きく跳ねる。
 呑み込まれる、そう感じた。
 (オマエは、ダレだ)
 "Z.O.E."の声。
 (……俺は…)
 (オマエは、ダレだ)
 繰り返す声が、答えを奪う。
 空を飛ぶこと。敵を殲滅すること。ただそれだけが支配する、あまりにも何も無い空虚。あまりにも強い、その意思。
 「……俺は……俺、は……」
 答えなければ。答えなければ、呑み込まれる。
 そう思う間にも、「自分」の輪郭が急速にぼやけていく。意識が、周囲に溶けて散らばっていく。
 << エイビス、後ろを取られているぞ!振り切れ! >>
 遠くから声がする…だが、何を言っているのかが判らない。意味を持たない音の羅列。
 (オマエは、ダレだ)
 重ねられる問いかけの意味も掴めない。

 自分に「誰か」と問い掛けられるのは、何故だ。

 緋色の翼に追われながら大きく上昇する灰色の翼が、不意に失速した。
 速度をそのままに保った"Z.O.E."が至近距離で通過していくのを見て、彼女は最初、彼がそのために機体をわざと失速させたのだと思い…次の瞬間、そのまま機体が落下し始めたのを確認して絶叫した。
 << どうしたの、エイビス! >>
 << …まさか、ブラックアウトしやがったか!?おい、しっかりしろ! >>
 << 駄目…起きて…!! >>
 口々に叫ぶ声に、返事は返ってこない。


 『おい、俺。おい…これは…駄目か?おい!障壁に穴が空くぞ!』
 暗闇の向こうで、声がする。
 平坦な、だが確かに焦りを滲ませた、誰かの声。誰?
 だが、そんな事はどうでもいい…この空を、飛ばねば。誰よりも速く、全てを殲滅し、どこまでも先へ。
 『…しっかりしろ、俺…!俺まで、完全に、呑み込まれる…前に…………』
 『…それがオマエの飛ぶ理由、か?すっかりヤツに取り込まれたようだな…オマエは所詮そこまで、という事なのかね?』
 遠くなりかける声に重なるように、また、耳慣れない声がした。さっきのとは違う、男の声。
 『あれは、単なる偶然だったという事か?…これでも私は期待していたんだがな、オマエが「その先」へ向かえるモノなのか否か』
 誰?期待していた……?俺に?
 ………俺に、誰が、話しかけている?
 誰かに話しかけられている俺は、何だ?誰だ?どこにいる?
 疑問を抱いたその瞬間、何も見えない暗闇の中で、それでも確かに自分の輪郭線が戻ってくる。
 『あの時、何度も私を振り切った威勢の良さは何処へ行った?自分には飛ぶ理由があると言いきった、あのオマエはどうした?』
 視線を巡らせても姿は見えない、だが、確かにそこにいる男の声が、畳みかけるように問い掛けてくる。
 『さあ、思い出せ……オマエの飛ぶ理由は、何だね?』
 俺の、飛ぶ、理由。
 存在する理由(ああ、それはたぶんこのひとの思惑なのだろう)ではない、いつか誰かに訊かれた答え。
 「……俺は…この空を」
 飛ぶために生まれてきた空を。あのこの飛んだ空を。かのじょの飛んだ空を。あいつが飛んだ空を。
 「飛び続けたい…見ていたい……そのために、守りたい………!」
 ………一面の黒を吹き飛ばすように。
 空が、弾けた。

 『…やるな、俺。おかげで抜け出せた』
 ぱちぱちぱち、と気の抜けた拍手。
 振り返れば、リアリティのない空を背負った自分の顔。
 「復帰まで、あと何秒だ?」
 『ざっと見積もって1秒半。ちなみに地面まであと2000フィート…速度も聞いておくか?』
 「……いや、いい」
 自分の答えに肩をすくめつつ、もうひとりの自分は、すっ、と右手を上げた。
 その掌の上に、小さな影。
 「ほい」と投げ渡されたそれを掴み取ってから、彼はその意図を掴み損ねて眉をひそめる。
 手の中にあるのは鋭角的なシルエットをした、ちいさな戦闘機。
 「…これは?」
 『ずっと昔、XFA-27、と呼ばれていたもの。「彼女」がこの世で一番焦がれるもの、この世で一番恐れるもの。「彼女」を永久に縛る鎖、完全に解き放つ鍵。そのデータ、その概念。いわゆる一つの「ひみつへいき」、だと』
 ちゃんと答えられたご褒美、だそうだ…意外と過保護なんだな、あのひと。
 そう言って首を傾げた姿が滲む。ペンで塗ったような空が遠くなる。
 『じゃ、こっちはバックアップに専念する…うまくやれよ、俺』
 その声を最後に、世界が、ぷつん、と途切れた。


 目を、開く。
 とんでもない速度で迫り来る地面が手招きするのを、渾身の力で拒否して、機首を上げる。
 << エイビス、無事か! >>
 "Z.O.E."の追撃を必死に振り切ろうとしながら、それでも叫ぶエリックの声。
 << もう…冷や冷やさせないでよ! >>
 フィオナが、少々涙声で怒鳴りつけてくる。
 << ……よかった… >>
 レナの、小さな呟き。
 << ………済まない。…俺は、大丈夫だ >>
 そうとも、もう、大丈夫。
 緋色の機体がこちらに気付いて急激な逆落としに入るのを迎え撃つべく、加速する。
 耐Gスーツでも殺し切れない圧力で、息が詰まる。
 実体がある以上、逃れられない枷。
 それでも。
 緋色の翼が迫る。カメラアイが、その奥に潜む意思を持った虚無が、再び牙を剥く。
 (オマエは、ダレだ)
 黒が、闇ですらない黒が、迫る。
 「……俺は」
 深い、深い、どこまでも深い、虚が、食らい付いてくる。
 (オマエは、ダレだ)
 怯えるな。突き抜けろ。
 「……自律型戦術戦闘システム"Nemo"、新国際連合共同体治安維持対策機構SARF04"Aves"、そして……俺、自身だ……!」
 空を飛ぶことしか出来ない、己の境界さえ定かではない、ちっぽけで不安定な、それでも、飛び続けたいと願う、「なにか」。
 迫り来るその目に…その奥に潜む"Z.O.E."の知覚に、渡された鍵を…"XFA-27"の姿を、叩き付ける。
 視界の中、ジャーファルコンに代わって突如現れた(ように見える)その姿に、"Z.O.E."が、「怯んだ」。
 悲鳴のように、レーザーが放たれる。
 狙いが幻の"XFA-27"だったためか直撃は免れたが、キャノピーを突き抜けたレーザーが、コフィン内のモニターを一部破壊。
 破片がかすめたらしく、頬に痛みと熱が走る。気圧の急激な変化で、耳鳴りがする。
 だが、そんな事に構っていられない。
 コフィンの制御システムが、機能不全に陥って悲鳴を上げているのを聞きながら。
 即座に主導権を握り、翼そのものとなる。
 << Target insight,SCARFACE1,SCARFACE1,SCARFACE1.........! >>
 (おお我が愛しの宿敵よ、恐ろしき殲滅者よ、そこにいたのか、そこにいたのか、ああ、ああ、嗚呼!!!)
 全周に開けた視界の中、歓喜と恐怖に金切り声を上げながら突っ込んでくる"Z.O.E."が、見える。
 そして、もはや真正面の幻しか見えない"Z.O.E."の、その真上を取った、レナが。
 "Z.O.E."が叫ぶ。彼にしか聞こえない金切り声で。泣き叫ぶように。歌うように。
 (おお我が愛しの宿敵よ、恐ろしき殲滅者よ、名も無き翼よ。墜ちるのはおまえで、飛び続けるのはわたし。)
 (さあ撃つが良いスカーフェイス、わたしはここだ、わたしはここだ、わたしはここだ!)

 << 目標補足…さようなら >>
 << 俺はスカーフェイスじゃない…そのひとはもう、いないんだ >>

 白い鶴と、濃灰色の隼が交差した、その合間で。

 深紅の翼が、その翼の色よりも更に紅い炎を噴いて、弾け飛んだ。

 "Z.O.E."が笑う。彼にしか聞こえない囁き声で。啜り泣くように。祈るように。
 (おお我が愛しの宿敵よ、恐ろしき殲滅者よ、名も無き翼よ。墜ちたのはわたし、飛び続けるのはおまえ。)
 (さあお往きスカーフェイス、わたしは墜ちる、わたしはおちる、どこまでも、どこまでも、どこまでも…)


 << …終わった、の? >>
 炎を噴きながら墜ちていく"Z.O.E."を見送りながら、フィオナが呟く。
 << …たぶん、な >>
 頷いたエリックが、デルフィナス#1をジャーファルコンの横へと寄せた。
 << 全く…寿命が縮むかと思ったぞ >>
 << 本当、アナタらしくないです、何だか…でも、無事で良かった >>
 レナが、さらにその隣につく。
 << とりあえず、怒られに戻りましょ?全てはそれから >>
 後ろについたフィオナに、小さく頷いて。
 << 戦闘終了…帰還します >>
 レナのコールに応え、4機は編隊を組み直すと西へ向けて機首を翻した。



 「…一週間の謹慎処分に各機フライトレコードと報告書提出、ってのは、運が良いのか悪いのか、ね」
 食堂の中途半端に甘苦いコーヒーを飲み込みながら、端末をつついてエリックがぼやく。
 「……頑張って上申してみたんだけど…ごめんなさい」
 ティースプーンに3杯も放り込んでいるのに味が薄い粉末緑茶を啜りながら、レナが小さく肩をすくめる。
 「レナのせいじゃないわよ。ま、結果として治安維持になったからこの程度で済んでんだし…妥当と言えば妥当なんじゃない?」
 どう淹れても渋くなる備え付けのティーパックと格闘しながら、フィオナが相槌を打った。
 「にしても、あの状況を報告とかどうしろっていうんだよ…」
 「………」
 盛大に溜め息をつき、隣で水の入ったコップ片手に無言のまま端末をつついているエイビスを横目で眺め。
 「おーい、そこのスカーフェイス。スカーフェイス1」
 そう言いながら、エリックは絆創膏の貼られた彼の頬を軽くつつく。
 「……何だよ」
 「うん、まあ何っつーかホラ、あれだ」
 さすがに痛かったのか、僅かに眉をひそめたエイビスに曖昧に頷いて。
 「この度の"Z.O.E."撃墜の立役者として、及び平時の機体損壊における始末書名人として、スカーフェイス隊全員の報告書の代理制作をお願いしたいであります、隊長!」
 わざと改まった口調で大げさに敬礼したエリックに、フィオナとレナが同時に噴き出した。
 「あっはっは!そりゃいいわ…はーい隊長、私の分もお願いします!」
 「わたしのもいいですか、隊長?」
 何とも言えない顔で、にやにや笑う三人を順に見渡して、小さく溜め息をつき。
 「………却下。各員速やかに、各自の力で報告書を作成しろ。…これは隊長命令だ、いいな?」
 彼はおもむろに顔を上げてそう答えると、非常に珍しい事に…その口元を、にやり、と吊り上げた。


AC2&3混合ネタ・完結編。なんかやっちゃった感が漂いつつも書いてて楽しかった話。
もともと2はやったことないのですが、2好きな友人に「プレイヤーのライバル機がいて、それが無人機なんだよ」と教えてもらったのをきっかけにあれこれと調べ出し、凄腕の傭兵に執拗に付き纏う無人機…"Z.O.E."という存在に胃がねじれるほど萌えたのがきっかけ。
そこにファルケンやジオペリアの設定と、それに対する考察というか妄想なども絡んで、1990年代後半の"Z.O.E."と2040年の"Nemo"、根っこは一緒でもタイプの違う自律型戦術戦略AI同士の半世紀越しの遭遇をあれこれ考えているうちに思いついて三日くらいで書き上げたというブツです、何をそんなに情熱傾けていたんだろう私(笑
タイトルに"Z.O.E."つながりで"ANUBIS -ZONE OF THE ENDERS-"の主題歌使ったりと、これまたちょっとやっちゃった感漂ってますが、単一目的のために設計されたものはその制約を越える事ができるか否か、というこの話の主題(っぽいもの)にも引っかけてあったりなかったり。