[#01/トルマリンと雪風。]
いつ会ったっけ、と彼女は聞く。
覚えてるだろう、と彼は答える。
「忘れちゃった」
「嘘をつくな」
そう言ったトリムを呆れたような顔で見下ろす、漆黒のヒューキャスト。
名前は雪風。
トリムとは、ラグオルの森で出会った。
その時のトリムときたら装甲は傷だらけで右足は上手く動かないし、手持ちの回復剤は全部使い果たしている上に、パイオニア2に戻るための緊急用簡易ゲートも持っていなかったのだが、悪い事は重なるもので。
せめて転送装置まで歩いて帰ろうとしていた矢先、よりによって2頭のヒルデベアに追いかけられて、彼女は片足を引きずって逃げながら、本気で泣いていた。
隔壁を抜けてヒルデベアの縄張りから出てしまえば、追いかけて来ないのは判っていたのだが。まともに走れないトリムにとって、その扉までの距離は絶望的なまでに遠い。
振り下ろされる巨大なげんこつを、ふらつきながらも左右に走ってどうにかかわしながら。なんかもういっそ倒れてメディカルセンターに強制収容されたほうがいいのかも、とか思い始めたトリムの目の前を、不意に真っ黒い壁が遮った。
そう思った次の瞬間。
その「壁」にいきなり首根っこを掴まれて放り投げられながら、トリムはさかさまになった視界の中に、手にした大剣を横薙ぎに振るって2頭の獣に斬り掛かる長身の影を見ていた。
『ハンターだ!』
そう思うと同時に、レイキャシールとしての役割……ハンターの補佐をしなければ、と思い、それよりも頭から着地しそうな状況をなんとかしなくちゃ、と思って、とにかく受け身を取ろうとしたトリムだったが、
落下していく彼女の運動量と、彼女を引っ張るラグオルの重力は、それを許してくれなかった。
何が何だかわからないうちに、トリムは中途半端な姿勢のまま、顔から固い地面に突っ込んでいき、大地に激突。その衝撃でセーフティが働いて、システムを一時的に切る。
つまるところ、彼女はものの見事に気絶してしまったのである。
気が付いたら、誰かに抱えられて運ばれていた。
「!」
慌てて降りようとしてじたばたし、直後に右足に全然力が入らないのに気が付いて動揺するトリムの頭上から、声がした。
「大人しくしておれ」
彼女を見下ろす、漆黒のヒューキャスト。
「お主のその足では歩けまい」
どこか不思議な言い回しで喋る、低い声。
「………あんたが、助けてくれたの?」
ぽかんとした顔で自分を見上げる彼女に、「放ってはおけなかったからな」と言う彼の表情は変わらなかったけど。
いい人だな、と、トリムは思い。
そして、彼女は決断した。
「アニキ、待ってー」
身長ほどの長さがあるライフルを引きずるようにして、雪風の後を追いかけるトリム。
「お、重いんだよこれー…」
「ならばハンドガンにすれば良いだろうに」
呆れたような雪風の声に、「うんにゃ」とトリムは首を振る。
「ライフルでないとダメ、なんだ」
「?」
訝しげな視線に、ぶんっ、とライフルを振って抱え直したトリムは、自分より頭ふたつ分くらい背の高い彼を見上げた。
「だから、ライフルでないと駄目なんだ。こいつだったら射程距離が長いから、どんなにアニキが先に行ってたって援護できるんだもの」
「そうか」
短く答えて、くるりと踵を返して歩き出す雪風。
「うん」
やっぱり短く答えて、トリムはその後を追いかける。
たぶんずっと、彼の後を歩いてく。
だって、トリムはレイキャシールだから。どんなに強い武器を使ってたって、どれほどの力を手に入れたって、彼女はハンターの援護をするために生まれてきたんだから。
大切なひとのために、少しでもその背中を守るために。