「そ、それで!?その後、御姉様はどうなったんですかっ!?まさか…」

 頭の後ろに手を組んで、土手に寝転ぶジスカ。弱々しい日光を遮り、その顔をリーネは興奮気味に覗き込んだ。うららかな午後、今日は冷たい風も無い。昼食後の心地よい眠気を感じながら、ジスカは話の結末を語った。足元に設置した釣竿はピクリともせず、朝から沈黙を守り続けている。

「いや、どうにかなってたらここに居ないし。あの時は危機一髪の起死回生でね」

おねえさまといっしょ。

 ささやかな冒険譚を語れば、その仔細の一つ一つにリーネは眼を輝かせる。ジスカは、語れど尽きぬ狩りの思い出の、その中に加わった最新の一頁を思い出していた。今まで過去、数多の危険を乗り越えてきた自負はある。だが、先日の出来事を前に、それまでの日常は急激に色褪せて行った。
 狩人としての技術と経験が、全く通じぬ未知の大自然。そして、見た事も聞いた事も無い異形の生物。諦めだけが狩人を殺すと、常日頃から先生の言葉を心身に刻んできたが。あの日初めて、彼女は絶望と死に直面し、受け入れかけた。

「でも流石は御姉様、凄いですっ!もっと、もっともっと御話、聞かせて下さいっ」
「はは、何か照れるよね…でもリーネ、何でわたしが『御姉様』な訳?」

 微塵も動かぬ釣竿に蝶が一匹。釣れる気配は微塵も無い。

「女の子なのにハンターで、しかもっ!村の外から…リーネ憧れちゃいます!」

 両の拳を強く握って、キラキラした眼差しで天を仰ぐリーネ。少女のその大きな瞳に映るジスカは、まさに憧れの御姉様なのだろう。軽い自信喪失状態の本人としては、苦笑せざるを得ないが。純粋な憧れの気持ちを無下にする訳にもいかず…何より無邪気で天真爛漫な少女に慕われるのは、悪い気がちっともしない。御姉様とまで行かずとも、姉役は慣れている。

「女性ハンターなんて、外の世界じゃ珍しいモンでもないけどね」
「ホ、ホントですかっ!?じゃあ、リーネもガッツとファイトがあれば…」

 恐らく絶対、きっと確実に。夢見る少女はいつか、夢見た自分になれるだろう。そう確信して、ジスカは黙って頷いた。その優しげな表情に、リーネは満面の笑みを浮かべてはしゃぎ回る。まだ幼くあどけない、ハンターの卵として産み落とされてすらいない少女。

「リーネは絶対、モンスターハンターになるんです!そしていつか…」

 外の世界へ。願いを込めた祈りのような、切なる呟きが零れた。この静かで平和なこの村は、住まう誰もが炭火の様に暖かいが。ここにただ一人、燃え盛る篝火を胸に灯す者が居る。リーネと接する内に、ジスカは徐々にこの村への漠然とした違和感を感じ始めていた。ゆるやかな閉塞感、安穏とした停滞…

「そう言えば、さっきポッケを師匠って…」
「はいっ!師匠は気が向けば時々、リーネにアレコレ教えてくれるんですっ」

 他にも自主的に身体を鍛えてます!と、リーネはチカラコブを作って笑う。その細く柔らかな二の腕を眺めながら、ジスカは彼女の師匠へと思案を巡らせた。この規模の村で、モンスターハンターが一人だけというのは、別に不思議ではない。だが、眼前の少女とは別の意味で、その人物が異質なモノに感じてならない。そしてやはり、ここはただの寒村では無い…調査員として、というより狩人としての勘が胸の底でそう叫ぶ。

「おーい、リーネ!おっかさん大慌てさ〜!客人が突然、居なくなったさ〜!」

 改めてリーネから、ポッケの人となりを聞き出そうとして。またもジスカの果敢な試みへ横槍が入り、探究心と好奇心が押し込められる。身を起こして振り返れば、土手の上に人影。朝、林檎をくれた農夫が、呑気な慌てぶりで何かを叫んでいた。
 その声を聞き、何が起こったか把握した瞬間。ジスカは飛び起き駆け出していた。驚く農夫の鼻先を掠めて、村へと一直線に。間髪入れずに後に続いたリーネだったが、ジスカの全速力を前に、みるみる離されてゆく。リーネの家の客人…同じく外界からの異邦人、アズラエル。まともに動ける怪我では無い彼が、見知らぬ土地で何処へ?謎の村と謎の狩人への興味は、あっという間に彼女の脳裏から霧散していった。