「おう姉ちゃん、どうでぇ!ボウズは見つかったかい?」
「いや、まだ!全く、あんな身体で何処へ…もう一回りしてくる!」
「あーん、待って御姉様っ!リーネも行きますー!」
「あの怪我だ、まだ村の中に居ると考えるべきさ〜」

 村中をくまなく駆け巡った者達が、再び四方へと散ってゆく。その目的は恐らく、いや確実に…自分を探しているのだろう。その様子を隠れうかがうアズラエルは、そっと扉の隙間を閉じた。同時にその場へ屈み込み、倒れるように天井を仰ぐ。未だ激痛が苛む我が身は、ちっとも主の言う事を聞かない。
 気付けばアズラエルは、隙を見て逃げ出していた。否、逃げ出さずにはいられなかったと言うべきか。介抱するリーネの母は優しく、様子を見に訪れる村人達も温かいのに。その気持ちが疑わしく、そのいたわりさえ恐ろしい。彼は今、強請らずとも与えられる無償の厚意に、言いようの無い不安を駆り立てられていた。

「何が楽しくてこんなオレに…兎に角、早くこの村を出なきゃ」

 突発的に飛び出し、道行く村人の心配する声を無視し続けて。アズラエルは村外れの一軒家へと逃げ込んでいた。兎に角今は、誰も居ない場所で独りになりたくて。そうして再び、独りであり続けたくて。人と接する恐怖心からも、接する人への猜疑心からも逃れるべく…彼は激痛に軋む身に鞭打って立ち上がる。
 先ずはある程度の旅装を整えなければ、と。室内を物色し始め、使える物は無いかと荒らし回る。今までの装備一式は、気付いた時には無くしていたから…再び当ての無い放浪を望み、その手段を彼は欲していた。そんな自分を見詰める視線にも気付かずに。

「何だこの家…本ばかりだ。何か武器と、後は防寒具を…食料も要る、それと…」
「狩りから戻ってみれば、これは珍客だね。お探しの物はこれかな?アズラエル君」

 突然の呼び掛けに驚き、よろけながらもアズラエルは振り返った。同時にテーブルに手を付き、積み重なった書物が音を立てて崩れる。人の気配が全く無い、空き家か留守かと思われたこの家で。家主らしき人物は全く気配を感じさせずに、アズラエルの背後へ佇んでいた。

「!?…そ、それは!返せっ、オレんだっ!」
「ん、出来れば公用語で喋ってくれると嬉しいな。キミの言葉も解るけど」

 濡れた洗い髪から雫が滴り、その顔は僅かに赤みが差して。風呂上りらしい人物が、胸にバスタオルを巻いたままの姿で微笑む。その両手に抱えられているのは、アズラエルが故郷から持ち出した狩猟用のライトボウガン。それをそっとテーブルに置くと、その人物は半裸にも関わらず堂々と名乗った。

客人と管理人。

「改めて、はじめまして。ボクはポッケ、キミの命の恩人といったトコかな」
「アンタが…?何故、何故助けたっ!オレはっ…」

 助からなくても良かった。救いなんて求めていなかった。今でもそう強く思う。アズラエルは思わず、眼の前の人物に、よろけてもたれ掛かりながらも詰め寄った。ポッケはずり落ちたタオルを直しながら、倒れかける少年を支える。見上げる瞳に冷たく燃える、暗く尖った情動を受け止めながら。

「なら、どうしたい?そんな身体で今すぐ出て行くかい?ボクは構わないけど…」

 この村じゃ、キミみたいな人は放っておけないんだ。そう言うと、もはや一人では立っていられぬアズラエルを抱き上げる。朦朧とした意識の中、アズラエルは柔らかな、しかしどこか冷たい感触に包まれた。

「オレは…私は、助けて欲しいなんて頼んでいません」
「じゃ、ボクからお願いするよ…この村はね、心底優しいままなのさ。外と違ってね」

 そう言うポッケが視線を巡らせれば、その先でドアが勢い良く開かれる。

「師匠っ、アズ君が居なくなったんです!村中大騒ぎで…あっ、居た!居ました御姉様!」
「悪いっ!アズラエルを探してく…れたの?ってかポッケ、わたしはてっきり男かと…」

 飛び込んできたリーネの驚く顔と。その後に続くジスカの困惑した表情を迎えて。ポッケは腕の中で意識を失ったアズラエルを改めて見詰める。少年が端整な顔を苦悶の表情に歪めている理由が、傷の痛みからでは無い事を…身体の傷が原因では無い事を確かめながら。