「いや…別にわたしは構わないけど。いいのかなぁ、そんな…」

 額の汗を拭いつつ、見事に実った作物を畑から引っこ抜きながら。ジスカは村人の申し出に、腕組み首を傾げて応える。が、手にした野菜を篭に放り込みながら、複雑な心境に胸がざわめいた。厚意を素直に受けるのもまた、厚意であると知りつつ。多くの住人と接することもまた、この村の調査には都合がいい。

「いんや、遠慮無く呼ばれるべきさ〜!寧ろ遅すぎるくらいさ〜」
「そうですよ御姉様。村でも評判なんですからっ!」

 今宵、村の集会所にて。外界の者達を歓迎するささやかな宴を開きたいと村人は言う。既に滞在して一週間が過ぎ、気が付けばジスカはすっかり村へ馴染んでいた。名も無き寒村の、特筆すべき何物も無い生活に。辺境の例に漏れず、ここの生活はいたってシンプル…日の出と共に起きて各々の仕事に励み、日の入りと共に集い酒を酌み交わして糧を食す。原始的で素朴だが、穏やかな日々。

「うーん、まぁ…じゃあ御言葉に甘えて。アズラエルはどうかな?」
「それなんですけどね御姉様…酷いんですよアズ君ったら!何で、ああも、頑な、かなっ」

 作物で一杯になった篭を背負い、立ち上がれずに尻餅を着きながら。リーネは頬を膨らませて手足をバタ付かせる。その様子に、村人と一緒になって笑い声をあげながら。ジスカは自分と同じ、もう一人の異邦人を思った。怪我の治りは順調だが、一向に心を開こうとしない少年、アズラエルを。

「なぁに、あの少年も少し緊張してるだけさ〜」
「ほんにのぉ、ほんにのぉ…先ずは怪我が治ればいいさねぇ」

 少年は頑なに自分の内へ閉じ篭り、それに接する村人達は寛大だった。献身的な看病を受けながらも、アズラエルは決して感謝の念を表現しようとしなかったが…村人達に、それを求める素振りは微塵も無い。頑強に心を閉ざす外界の少年を、誰もが皆温かく見守っていた。無論ジスカも。

「じゃあ今夜、皆で村の集会所に集合さ〜」
「はいっ!今夜もリーネが腕によりをかけて…」
「あ、それはもう遠慮しとく…で、ポッケも来るのかな?」

 肉とも魚とも思えぬ何かを煮込んだ、甘いやら辛いやら判別付かぬ味を思い出しながら。ジスカは農場から村へ伸びるゴンドラの列を見上げた。この一週間で、随分と彼女は知る事が出来た。村の事も、ポッケの事も。特に後者に関しては、村人と接する内に自然と、その人となりが否応にも耳に入る。
 村唯一のモンスターハンター、ポッケ。年齢や性別は不詳…先日は女性かとも思えたが、改めて冷静に思い出せば疑わしい。かといって、男性と断ずるべき根拠も無く。村人達にそれと無く聞いても、どっちとも取れぬ答が帰ってくるばかり。そんな怪しい素性とは裏腹に、ポッケに寄せる皆の信頼は厚い。誰からも慕われ、村に貴重な糧をもたらす風変わりな狩人…現時点でポッケは、それ以上でもそれ以下でもない。

「もちろんさ〜、何せ言い出しっぺはポッケだもんで。必ず顔を出すとみるべきさ〜」
「師匠の事だから、今日は何かすんごい御馳走を狩ってきますよ!」

気になる場所。

 弱い日差しを投げ掛けながら、午後の太陽が傾き始める。村人の誰もがうきうきと、収穫物に満たされた篭を背負って家路に付き始めた。その顔は労働の歓喜に満ち、満面の笑みが浮かぶ。実際ジスカも、命を賭した狩りとは違った充足感を感じていた。リーネの篭を持ってやりながら、彼女もゴンドラへ向かう。その時ふと、視界の隅に映った何かが、彼女の脳裏で注意を訴えた。

「リーネ、あれは…あの洞窟は?」
「はいっ!あそこは氷室になってて、食料品の貯蔵庫に使ってます」

 恐らくそこは、天然の低温貯蔵庫。別段何が気になると言う事は無い筈が…妙にジスカは引っかかる。ゴンドラに作物を積み、勢い良く飛び乗るリーネに続きながら。遠ざかる農場を見下ろし、思案を巡らすジスカ。何が?何故?どうしてこうも気にかかる?また一つ、胸中に秘すべき謎を抱えて。ジスカは宴の準備に賑やかな村へと、黙ってゴンドラに揺られた。