見た事も無い楽器が奏でる、聴いた事も無い音楽。その軽快な調べに乗って、村人達は陽気に歌い踊る。暖炉の火は赤々と燃えて、集会所を温かく照らした。あちこちで乾杯が交わされ、豪勢な料理が次々と運び込まれる。その中心でジスカは、差し出される酌を次々と受けながら、村人の前で熱弁を振るうリーネに目を細めた。その頬にほのかな赤みが差しているのは、珍しい地酒を飲み過ぎたからではない。

超絶武勇伝。

「そしてその時です!乾坤一擲、必殺の一撃を御姉様が…こぉ!」

 大袈裟な身振り手振りで語られているのは、ジスカがリーネに聞かせた自らの体験談。少女の想像力で脚色され、劇的な英雄物語へ昇華したそれは…熱心に聞き入り頷く村人達も相まって、当の本人には気恥ずかしくてならない。感嘆の声を前に、ひたすら照れ笑いを浮かべるジスカ。

「いやはや、そんなイキモノが外にはおるんか…こりゃたまげたさー」
「しっかし姉ちゃん、大した腕っ節だぁ!女だてらにその、何だ?リオ、リオ…」
「リオレイア、だね。『陸の女王』の異名で恐れられる雌の火竜さ」

 注釈を添えたポッケから、新しい料理の皿を受け取りながら。そう、そのリオレイアとやらよ!と、大工の親方がピシャリと膝を叩く。周囲の皆も口々にジスカを褒め称え、その冒険譚を肴に杯を乾かした。リーネの語りは荒唐無稽に近い話だが、誰も疑う素振りを見せない。

「と言う訳で…その時、御姉様は見事にリオレイアを討伐したんです!そして尾をこう…」
「大袈裟だなぁ。それに、リオレイア位ならポッケだって狩った事位あるだろう?」
「ふふ…いや、残念ながら。ボクの相手はもっぱらソレさ」

 そう言ってポッケは、ジスカの前に並ぶ器を指差す。ガウシカを丹念に煮込んだ、素朴だが味わい深いシチュー。他にもファンゴの丸焼き等が並び、香草とスパイスの香りが食欲をそそる。冷めないうちにと薦める笑顔を、立ち上がる湯気越しに見詰めながら。ジスカはすかさず嘘を看破した。

「そう?じゃあ例えば、わたしを助けてくれた時の、あの生物は…」
「ん、何の事かなぁ…まぁ狩った事は無いけど。リオレイアなら昔、見た事があるよ」

 大昔に空一面ね、と。遠い眼差しでポッケは話をはぐらかす。ジスカもそれ以上の追求を今は控えた。彼が招いてくれた歓迎の宴は、思惑がどうあれ心地良かったから。今は仕事も忘れて、美味い酒に酔いたい…しきりに話を聞きたがる村人達に囲まれて。無粋な詮索は興を削ぐ。

「いいなぁ…師匠っ!リーネもリオレイアが見てみたいです!」
「この辺りには居ないんだよ、リーネ。もっと温かい地域に住んでるんだ、女王様は」

 それは嵐を超えた外の世界。そこよりやって来た憧れの御姉様を前に、興奮気味にリーネは訴える。が、実際には彼女はまだ、村から出た事すら無かった。半ば強引に、押し掛ける様に弟子入りしたものの、ポッケから教えてもらった事と言えば調合や採取の知識ばかり。しかしそれは少女の夢を挫く所か、より強い憧れを膨らませていた。

「それよりリーネ、お前さんはもっと家の手伝いもするべきさ〜」
「ほんにのぉ、ほんにのぉ…いい年頃の娘っ子が、ハンターの真似事なんかねぇ」
「そうよ、リーネ…母さんも前から言ってるでしょう?もう少し女の子らしくして頂戴」

 一瞬にして四面楚歌となったリーネは、助け舟を求めてポッケとジスカを交互に見る。やはり村人の誰から見ても、ハンターを志し外界に憧れるリーネは浮いていた…師であるポッケは笑って肩を竦める。本気のリーネと周囲の反応が微笑ましくて、思わずジスカも頬を綻ばせた。母親の長い説教が始まりかけ、慌ててリーネは踵を返す。

「そ、そうだっ!アズ君の夕御飯、忘れてた…ちょ、ちょっと行って来ますっ!」
「こらっ、リーネ!話は最後まで聞きなさい!ホント母さん、前から言おうと思って…」
「まあまあ、おばさん…わたしだって女だけどハンターなんだし」
「ガッハッハ!ちげぇねえ!でもま、この村にゃポッケが居てくれるしよ」

 逃げるように集会場を後にする、リーネの小さな背中を見送って。ジスカは心の中で激励の言葉を贈った。幼き日に、先生の語る世界に胸躍らせた自分を思い出しながら。気付けば杯は空になり、ポッケが新しい樽の栓を抜く。少女の憧れを二分する二人は、今は穏やかに酒を酌み交わした。