「ああ、あれかい?フフ、根負けしたのさ」

 そう笑うポッケが、熱いマグカップを差し出す。初めて見る薄紫色の御茶からは、香ばしい湯気が立ち上っていた。受け取るジスカはもう、驚いた様子も無い…異文化へ触れる事に慣れ始めていたから。一口飲んで、意外な甘さを味わいながら、彼女は改めてポッケの部屋を見渡した。
 小奇麗に片付いた室内の、到る所に堆く積まれた書物。その一冊を手に取り、ページをめくって見るものの…刻まれた文字は解読不能。図書院の仲間達が見たら狂喜乱舞するであろうが、ジスカは溜息を零すより他無い。

「何か読むかい?キミ等の文字で書かれた物もあるけど」
「ん、遠慮しとく。それよりポッケ、いいのかな?凄い事んなってるけど…」

 ジスカが親指で差すのは、部屋の隅に置かれたアイテムボックス。大きく蓋の開いたそれからは、ジタバタと揺れる二本の足が生えていた。その持ち主であるリーネは今、良く整理された持ち物を激しく掻き乱している。ポッケ本人は別段、気にした様子も見せていないが。

「ジスカ、どうやらリーネはキミの英雄譚に触発されたらしいよ。それでまぁ…」
「いよいよ本格的にハンター修行させることになった、と…ま、頑張れ御師匠様」

 調合や採取の知識では無く、狩りの経験を積みたいと。リーネに今までに無く熱心に懇願されて。ポッケは遂に折れた。その真意は定かではないが、初心者用の武器を一つ与えてみようという事になったのだ。無論、リーネが喜びの余り、ジスカをポッケ宅へ引っ張って来たのは言うまでも無い。
 それにしても今、ジスカは不思議と安らぎ寛いでいた。ポッケにはあれこれ聞きたい事が沢山あるのだが…この村に滞在していると、不思議と焦る感覚が薄れてゆく。ポッケという人物もそう…謎に満ちた不思議な、好奇心を煽る存在であるにも関わらず。何か穏やかな、好意的な空気を常に纏っているのだ。そこが逆に、ジスカへ違和感を喚起させる。

「フフ、参ったな…ま、初めてのケースじゃないしね。気長にやるさ」

 ジスカに焼き菓子を薦め、自分も一片を口に放り込んで。ポッケは机に放置されていたライトボウガンを手に取り、ゆっくりと丁寧に分解してゆく。イーオスの皮と鱗で強化された銃身は、使い手の内面を反映する様に痛み傷付いていた。ガンナーとしての経験もあるらしく、手際良く整備してゆくポッケ。

「やれやれ、もっと丁寧に扱って欲しいけど…その余裕も無いのかな、アズラエル君には」
「…どうだろ。何かこう、妙に荒んだ子だけど。余裕が無いというか」

 怪我はみるみる治ってゆくのに、その頑なな心は閉ざされたまま。ジスカが心配するのは何も、アズラエルが同じ外界からの異邦人だからではない。幼い少年には不釣合いな、深い闇が奥底に渦巻いているような…そんな暗い目で何時も、彼は全てを睨んでいた。余裕が無いと言うよりまるで、得るべき何物も無いというような、敵意にも近い刺々しさ。

「師匠、これ!リーネはこれがいいです!」

 アイテムボックスの奥底から、永らく使われていない古い弓を取り出して。息を吹きかけ埃を払い、ケホケホと咳き込むリーネ。対となる矢筒も掘り出すと、彼女はそれを背負って弓を展開する。小柄なリーネには明らかに大きすぎるサイズだが、よろけながらも構えてみせるその姿に、ジスカとポッケは零れる笑みを互いに嗜め合った。

「もーっ、何で笑うんですか!?あ、御姉様まで!ひっどーい」

 それは殺傷能力も低く、簡素な構造の初心者用だが。れっきとした狩りの得物に違いは無く。それを得た今、リーネはモンスターハンターとしての一歩を踏み出さんとしていたのだが。見守る二人にはまだ、リーネは狩人に憧れる子供のままだった。

「弓か、ふむ。ジスカ、狩りで扱った事は?出来ればボクの代わりに…」
「駄目だよポッケ、押し付けようとしたって…わたしの地方じゃ馴染みの薄い武器だし」

 何度も出しては構え、畳んでは背負い、また構える。浮かれ気分で弓を振り回すリーネを眺めながら、ジスカはポッケの申し出をぴしゃりと遮る。苦笑して肩を竦めたポッケはしかし、何か思いついたようにボウガンを組み立て始めた。彼に頼んでみるか、と呟きながら。