「そう言えばキミ、リーネに弓を教えてるんだって?」

 それを良い傾向と捉え、誉めようと思ったのだが。ジスカの言葉に応える事無く、アズラエルはゴンドラを飛び降りた。黙って野菜の篭を降ろすと、そのまま背負って歩き出す。やれやれと肩を竦めて、ジスカも後に続いた。
 アズラエルは相変わらずの無愛想で、心を開く気配は微塵も無かったが。村人達は誰も気を悪くした様子も無く、むしろ温かく見守ってくれる。だからだろうか?最近はこうして、リーネに弓を教える傍ら、簡単な仕事を手伝うようにもなった。

「働かざる者、食うべからず…ですから」

 それは物心付いた時から、自分に言い聞かせて来た事。まだまだ親に甘えて遊びたい盛りの年頃だが、アズラエルはそれを許される環境に育たなかった。同時に、看病してもらった恩を返す事で、苛立ち怯える気持ちも少しばかり楽になる…無償の情など、彼はもう信じていないのだから。

「んー、そうなんだけどねぇ。そこまでハッキリ言われても」
「何か問題でも?借りは返します…今はそれだけです」

 農場の脇を抜けて、氷室として使っている洞窟へ。素っ気無くアズラエルにあしらわれながらも、ジスカはめげずに連れ添い歩く。こうして外界の者同士、二人で話すのはこれが初めてだが。改めて接すると、余りに殺伐とした印象に驚かされる。身近にリーネという比較対象があるだけに尚更。これでも最近は、以前よりも話すようになったのだが。

「ま、いいけどね…う、寒っ!早いトコ片付けちゃおうか」

 氷柱の垂れ下がる洞窟内は肌寒く、吐く息は白く空気へ溶け入る。二人は荷を降ろすと、それぞれ区分けして貯蔵された場所へ仕舞い始めた。身体を動かし始めれば、たちまち汗ばみ頬が上気するが。黙々と機械的に作業をこなすアズラエルとの間に、会話は途絶えてしまった。無理に喋る必要も感じない反面、言いたい事や聞きたい事もあるのに…手をせっせと動かしながら、妙に寒々しい空気にジスカは身震い。

「そう言えばさ、リーネはどうなの?」
「基本がなってませんね。そもそも基礎体力からして問題ですから」
「いや、弓の話じゃなくて。傍から見ると仲良さそうだな、ってね」
「何です?それ…別に何とも。やめてもらえませんか、そういうの」

 会話は弾まず、距離感が縮む気配は微塵も無い。やれやれと溜息を零して、肉の塩漬けを樽に入れながら。ジスカはついつい、相手に深入りしてしまう。その姉気質な面倒見の良さは、彼女の長所であり美点なのだが…ここでは悪い方向へ作用する。何より彼女自身、若さ故の不用意さに気付けないで居た。

「年上ぶるつもりは無いけどね。キミ、何でそんなに突っ張って…」
「…やめてもらえないかと言いました!だいたい貴女に、何が解るっていうんです!」

 激高したアズラエルの叫びが、洞窟内に反響した。突然の事に一瞬、驚き呆気に取られるジスカ。少年は感情の昂ぶりも露に、暗い情念に燃えた瞳でジスカを睨む。何が彼の逆鱗に触れたのか…気まずい沈黙の後、吐き捨てるように呟き走り去るアズラエル。

「私に構わないで下さい…迷惑です」

 それはまるで怯えるような逃走。追おうと駆け出す事も出来ず、ただ見送るしかないジスカ…彼女は今、複雑で繊細な少年の、その内面に触れたらしい。それにしても、何と言う眼をしているのだろうか?未だ嘗て、ジスカは見た事が無い。凍れる氷室よりも冷たく暗い、おおよそ子供らしからぬ深い闇の澱む瞳。

「やれやれ、難しい子だね…っと、駄目だ駄目だ。何やってんだわたしは」

 年長者ぶった自覚はあるし、それを少し恥じてもいる。村人とアズラエルの緩衝材になるつもりが、上からの物言いになってた節が無い訳でも無いだろうし。ただ、少年が余りに重い苦しみを、一人で抱え込んでるようにも見えて。それが気になるジスカは彼女らしくも無く、不気味に唸り光を放つ洞窟の奥に気付けずに居た。