「でもねぇ、女の子なのよ?私はもっと普通の子に…」
「大丈夫ですよ、おばさん。ボクが今後も面倒を見ますから」

 ほったらかしておいて良く言う。そうは思ったが、ジスカは口を挟まなかった。もうポッケは、何時もの穏やかで優しい、この村を支えるモンスターハンターの顔に戻っていたから。それに、弓を教えたのはアズラエルだが…その弓をリーネに与え、基本的な知識を教え、ハンターの心得を説いたのはポッケに間違いなかった。

「でもポッケ、あの子は外に…外の世界に出たいって言うのよ?どうしてかしら…」

 寧ろそれはジスカ自身が皆に聞きたかった。逆の質問を。どうして外の世界に出ないのですか、と。無論、強烈な嵐と豪雪に閉ざされた土地柄と知っても。この村の住人は誰も、朗らかながら不自然に閉鎖的だった。ただ一人、リーネを除いて。

「おばさん、それは大丈夫。少なくとも暫くは、リーネはこの村に居ると思うよ」

 意味深な笑みで、ポッケが玄関を振り返る。その理由が来ると言わんばかりに。するとドアが勢い良く開け放たれ、リーネが矢の様に飛び込んで来た。表現し難い喜びに満ち溢れたその顔は、ジスカを見つけて一層輝きを増す。後れて入って来たアズラエルは、愛娘を見てやれやれとこめかみを押さえる母親の姿を見てしまった。

「御姉様、リーネやりましたっ!ガッツとファイトで免許皆伝ですっ!」
「うん、聞いたよ。ようこそ狩人の世界へ…今日から同じハンターだね。おめでとう」

 ジスカの言葉に、いよいよリーネの歓喜は絶頂を極めた。憧れの師匠に認められ、憧れの御姉様に祝福されて…彼女は遂に、憧れのモンスターハンターになったのだから。

「でも、ねえリーネ?貴女の意思も尊重したいけど、母さんとしては…」
「腕はボクが保障しますよ。その証拠も。ねえキミ、そうだろ?」

 何せキミが手ほどきしたのだから。そう言わんばかりに、ポッケはテーブルの篭から林檎を手に取る。それを放られ受け取って、アズラエルは意図を理解した。その裏に潜む真意に、以前の懐疑的な彼ならば気付いただろうが。今はただ、リーネの前途を切り開きたい…ただそれだけの気持ちが全てを塗り潰した。

「おば様、私が弓を教えました…大丈夫ですから。今、彼女の腕をお見せします」

 アズラエルはそう言うと表へ出て、庭に生える木を背に立った。彼が頭上に林檎を載せた時、思わずジスカは止めようと動いたが…それより先にポッケがリーネの母親に囁いていた。既にもう、ボクが認める腕前ですよ、と。リーネは一瞬の躊躇いを見せたものの…真剣な表情で外へ出て、背負った弓を下ろして展開し、弦を張って矢を番える。

「リーネ、待って!腕は疑わない、わたしが何十回も見た…だから」
「大丈夫です、ジスカ様。私も何十回と無く教えて来ましたから。さぁ」

 奇妙な緊張感が場を支配した。リーネの母親は、ただ成り行きを見守るだけで何も言わない。この愚行を辞めさせなければ…ジスカはポッケを振り向き、無言でその意図を伝える。が、曖昧な笑みが返るばかり。むしろこの状況を望んでいるようですらある。そして当の本人たち、リーネとアズラエルは。

「ごめんね、アズ君。ママ頑固だから…大丈夫、もうリーネ外さないよ」
「ええ、おば様は心配されてるんです。だから…安心して貰いましょう」

 ニコリとリーネが微笑んだ。アズラエルも笑みを返した。そして弦が引き絞られ弓が撓る。万が一を思えば、強引にでも止めたかったが…ジスカは覚悟を決めて見守ることにした。それ程までに、二人の間を行き交う空気は柔らかかったから。
 やがてリーネの右手から弦が離れ、放たれた矢は空気を引き裂いた。思わず目を瞑ったジスカが、再び瞼を押し上げた時…リーネの母親は溜息を付いて、肩を竦めて娘の未来を認めた。林檎は真芯を貫かれて、木に磔…ほっとしたのも束の間、ジスカは微かに、ポッケの舌打を聞いたような気がした。