「キミ達人類の祖先は、ラグオ…うん、まぁこの星をね。滅茶苦茶にしてしまったのさ」

 吹き荒れる嵐の中、ポッケの声は不思議と良く通る。何から話せばいいかを暫し悩んだ後、ポッケの口から語られた真実は、ジスカが知覚できる範疇を超えていた。その事に気付いた語り手は、かいつまんで解り易く要点を述べる。

「汚れた世界を刷新するにあたり、先人達は未来への遺産を保管する事にしたんだ。この地に」

 それは遥か太古の昔、今はもう沈黙して久しいシステムが産声を上げた日。旧世紀の人々は世界の再生を願い、再び文明が栄える日を祈って。来るべき浄化の日に備えて、大いなる遺産を封印したのだ。外界から遮断され閉ざされた楽園へ。

「それじゃ、このドスファンゴは…」
「そう、数千年の昔、キミ達が旧世紀と呼ぶ時代のままの…本来のドスファンゴさ」

 そして旧世紀の文明が滅び、混迷を極めた失われし時代が到来。その悠久の時を、閉ざされた楽園の中でポッケは過ごしてきた。未来へと託された、優良にして穏やかな、本来の生態系を管理しながら。全ては先人達が願った通りに…システムは完璧な筈だった。
 大きな誤算はしかし、世界再生の時代を逞しく生き延びた、外界の生態系。過酷な環境に適応し、世代を重ねながら、楽園の外は独自の進化を遂げて今へ到ったのだ。

「まてポッケ、じゃあ…あの村の人達も」

 ジスカの問いに、ポッケは無言で頷く。戦慄が走った…あの村の意味を、その閉ざされた訳を知って。リーネ達こそが、神話の時代に"次代を生きるべき種"として調整され残された人類。そして自分達は…思わず眩暈を覚えて、ジスカはよろけ地面に手を付いた。

「先人達の予想を超えて、キミ達の祖先はしぶとかった…そして誤算がもう一つ」

 世界の再生を促すシステムが、閉ざされた楽園へと福音をもたらす事は無かった。何時か訪れる浄化の時…その日が来たら、ポッケは楽園の扉を開け放ち、選ばれし太古の優良種で地を満たす筈だった。だが、再生半ばでシステムは機能不全に陥り…長い年月をかけて自力で再生した世界には、野蛮で生命力に溢れた今の生態系が誕生していたのだった。

「そんな…じゃあ、わたし達は選ばれなかった…棄てられた種の末裔なのか?」
「驚いたかい?キミ達の人類史を覆す新事実だろうからね…でも、気に病む必要は無いよ」

 既に視界を白く塗り潰し、激しく吹き荒れるブリザード。その凍てつく空気を身に纏い、何物かが激しい咆哮と共に大地を揺らした。巨大なシルエットが吹雪の中に浮かび上がり、一対の双眸がギラリと光って二人を見下ろす。反射的に太刀を構えるジスカ。

「!?…くっ、ポッケ!コイツは例の怪物の類なのだろ…ポッケ?」
「うん、封印されたのは未来への希望だけじゃないんだ…負の遺産、とでも言うのかな?」

 漆黒の巨躯を揺らして、怪物の影が二人を覆う。傍目にはドドブランゴやババコンガのような牙獣種に見えなくも無い…しかし、その頭部には左右に伸びる巨大な角があった。無論、ジスカの記憶に無いばかりか、恐らく図書院のあらゆる記録を引っくり返して見ても、眼前の生物を記述したものは無いだろう。

「廃棄ナンバー05、ラージャン…それがキミの死の名さ」

 そう言い捨てると、不意にポッケは身を翻す。転がるドスファンゴの巨体を、苦も無く担ぎ上げると…その重さを感じさせぬ身のこなしで、直ぐ側の崖へ飛び上がる。何が起こったかを瞬時には把握出来ず、しかし全身で感じる危機を敏感に感じて。ジスカはしかし眼前の異形に睨まれ、身動きがとれず立ち尽くした。