「ポッケ、謀ったな!」
「どの道、村も初期化の時期でね…不安要素は除かせてもらう」

 見上げるも姿は見えず、それでもジスカは怒りの絶叫を向ける。厚い吹雪のヴェールの奥底から、吹き荒れる嵐より冷たいポッケの言葉が響いた。と同時に、ジスカの世界が揺らいで傾く。眼前の化物から攻撃を受けたと知った時には、彼女の身体は降り積もる雪へ叩き付けられ埋まっていた。

「廃棄ナンバーズ…旧世界を震撼させた、生物兵器群の失敗作達さ」

 嘗て、未来への希望を込めてこの地を閉ざした時。同時に先人達は、自らが生み出し持余した、負の遺産も同時に封じ込めた。どれも制御不能で、世界を再生するシステムの管理化に置けぬ、突然変異の怪物達。その始末もまた、管理者であるポッケの使命。

「っ…!?何てパワー、このままじゃ…」
「ほらほら、動かないと殺られるよ?まぁ、頑張る事だね…じゃあ」

 既に姿の見えぬポッケの、その気配も遠ざかって行く。その背に絶叫を浴びせつつ、ジスカは太刀を構えて相対した。旧世紀の狂った遺物、ラージャンと。既に周囲は視界も無く、すぐ眼前の相手すら霞んでシルエットしか見えない。絶望的状況にしかし、死中に活を見出すべく地を蹴るジスカ。
 真実の代価は余りに高く、血と肉でしか贖えないのだろうか?たとえポッケがそれを強いても。ジスカには素直に応える気は無かった。生きて生き抜き、生き残って…この真実を伝えなければ。図書院の仲間達へ…何より、あの村の人々へ。

「まだ死ねない。ポッケ、悪いけど思い通りにはっ…ならない!」

 豪腕が唸り、我が身を掠めて白い大地を抉る。その恐るべきパワーに、身は竦み心挫けて。今すぐにでも逃げ出したい衝動にかられつつ、それすら叶わない事を承知し、ジスカは前へ前へと打って出た。当れば致命打であろう一撃を避けつつ、ラージャンの懐へ肉薄する。
 鈍い手応えと同時に、溢れる鮮血に濡れながら。必死で巨体の下を走り抜けつつ、ジスカは狙いも定めず一閃。それが未知の怪物に対して、どの程度の痛手かは解らないが。全力の一撃を叩き込んだ後に、勢い余って転げ回りながら。すかさず体勢を整え立ち上がると。彼女は信じられぬ光景に絶句した。

「ちぃ!何?一体何が…これも旧世紀の失われた力なのか」

 天へと吼えるラージャンの、その漆黒の巨躯に稲妻が走る。全身の毛は黄金色に逆立ち、眩い光が辺りを照らした。生物としての常識が通じぬ相手である事を、改めて自分に言い聞かせながら…ジスカは止まらない膝の震えに死を感じた。前回はポッケに助けられたが…皮肉にも今回は、ポッケの姦計により危機を迎えている。
 迫る金色の獅子を前に、力無く立ち尽くすジスカ。今まで何度も、死を感じた事はあったが。その都度、運と経験が彼女を、死の淵から引き摺りあげてくれた。しかし今度ばかりは、観念するほか無い…そう覚悟を決めつつ、耳を澄ませば。微かに地響きを上げて、新たな雄叫びが近付きつつある。

「まだ来る…何が楽園だ、これじゃ出来損ないのゴミ捨て場じゃな…!?」

 神々しいまでの光を背負ったラージャンが、何かを警戒するかのように低く唸る。その目は既に、眼前のジスカを見ては居なかった。真っ赤に充血した双眸は、近付く新たな敵を求めて見開かれる。迫るスピードは速く、直ぐにジスカにも感じ取れた。極寒の中にあって、燃え滾る闘争本能の塊のような存在。
 既にもう、闘う相手を変えたラージャンが高らかに吼えて。その口から、高熱量の光芒が迸る。二匹の怪物による闘争の中で、ジスカは逃げ惑う他無い。残された力を振り絞り、必死でその場を遠ざかる彼女はしかし、肩越しに一度振り向いて。ぼんやりと光るラージャンが照らし出す、より巨大な異形の姿を垣間見た。轟き覇を為す、巨大な竜の影を。