「え?帰った?そんな、嘘…」

 いかにも重そうに、橇に乗せてブルファンゴを運びながら。大勢の子供達を引き連れたポッケは、再度今夜の主役に伝えた。この村に逗留していた王立図書院の特別調査官、フランツィスカ=フランチェスカが去ったと。

「本当さ、リーネ。狩り終えて直ぐの事だけど、急に帰ると言い出してね」
「そんな、それじゃあ今夜のお祭は…」

 黙ってポッケは首を振る。残念そうに俯くリーネの肩に、そっと手を置きながら。アズラエルは奇妙な違和感を感じて思案を巡らせた。

「ボクも残念だよ。でも彼女は王立図書院の人間だからね…何かと忙しいのさ」
「では、この村でのジスカ様の仕事は終わったのでしょうか?」

 考えは上手く纏まらず、違和感の元凶を突き止める事も出来ないが。そのまま村の集会所へと去ろうとするポッケを、気付けばアズラエルは引き止めていた。一見して観光気分な旅行者だったが、間違い無くジスカは、この村の謎を解かんとする探求者だったから。それが目的も果たさず唐突に去るだろうか?それも、自分を慕う少女の祝いの日に。

「…彼女は真実を知り、答を得た。それは間違いないよ」
「で、でもっ、だからってお別れも言わず突然…悲しいです、御姉様」

 今夜の晩餐となる巨大なブルファンゴに、村人達も集まり始める。その歓声と喧騒を他所に、リーネは突然の別れに表情を翳らせた。その傍らでは、納得できぬ顔で考え込むアズラエルの姿。二人を交互に見て、ポッケは複雑な、左右非対称の苦笑で溜息を付く。

「ほらほら、今夜の主役がそんな顔じゃ、おばさんも皆も楽しめないよ?さ、笑って」
「で、でも…師匠」

 今にも泣き出しそうな顔で、それっきり黙って地面を見詰めるリーネ。その頭を撫でながら、ポッケは努めて明るく振舞った。そう促されてるような気がして、アズラエルも取りあえずはリーネを元気付ける。この人は、自分が居なくなっても同じ顔で、同じ気持ちで悲しんでくれるだろうか?そんな思いが胸中を過ぎり、不謹慎だと戒め振り払いながら。

「また会おう!って言ってたよ、ジスカは…外の世界へ出ればまた会えるさ」

 それだけ言い残して、ポッケは村人達の人混みに紛れて行った。その背を見送り、アズラエルは直感する。ポッケは今嘘を吐いた、と。だが、それがポッケの気遣いから来る優しい嘘なのか、大きな嘘を隠す為の小さな嘘なのか…その判別はつかなかったが。

「元気を出してください、リーネ。また直ぐ会えますよ、だって明日から貴女は…」
「…ううん、リーネ村を出ないよ。いつか外の世界に行くけど…すぐには行かないの」

 大勢の村人を引き連れ、ブルファンゴが集会所へと向うのを見送りながら。顔を上げたリーネは、励ますアズラエルを見上げて呟いた。

「リーネまだ弱いし、も少し村の周りで特訓したいし。それにね、アズ君…」

 最近、気になる人がこの村に住み始めたから…そう言って、じっとアズラエルの眼を覗き込むリーネ。

「そうですか。でもその人は多分、リーネが旅立つ時は…一緒に行きたがるかもしれませんよ」

 そう言葉にしてから、不意に口に手を当て赤面するアズラエル。どうしてもリーネの前では、どんどん素直になってしまう。そんな彼を覗き込む少女は、小さく頷き呟いた。

「ありがと。でも…御姉様にもまだ居て欲しかったな」
「何時か会いに行きましょう…その、ええと…ふ、二人で」

 二人は互いに頬を赤らめはにかみ合って、集会所へと続く道を並んで歩き始めた。どちらからとも無く手を繋ぎながら。