それは盛大で賑やかな祭だった。誰もが陽気に騒ぎ、朗らかに笑って祝福した。この村に生まれた、二人目の新米モンスターハンターを。日が沈んで月が昇り、星が瞬く頃には盛り上がりも最高潮に達して。歌や踊りで集会所は華やいだ。皆が皆、浮かれた気分を抑えきれず、夜が更けるまではしゃいでいた。ジスカが居ない事だけが、心底残念だと口にしながら。
 酒宴は今も続いており、楽器の演奏が混じる喧騒は、この家にも微かに届く。窓硝子をガタガタと揺らす北風に乗って。大人達はまだまだこれからと杯をあおり、子供達は既に寝静まった深夜。アズラエルは一人、ベットの上に座りリーネの一言を反芻していた。先程、祝宴の騒ぎの合間に聞いた一言を。

『アズ君あのね、今夜…』

 それは村人のひしめく集会所での、擦れ違い様の一言。彼女は今夜の主役だったから、あっちにこっちにと引っ張りだこで。ゆっくり話す機会も無く、アズラエルは顔馴染みの村人と、他愛の無い事を話しながら、穏やかな幸せを心に温めていた。その一言を聞くまでは。

『アズ君あのね、今夜…帰ったら、ちょとだけ寝ないで待ってて欲しいの』

 それだけを密かに伝えると、リーネはまた村人達の騒ぎの渦中へと消えていった。見送ったアズラエルに、言い表せぬ感情の昂ぶりを残して。それはまだ、帰宅した今でも胸の奥に渦巻いている。一字一句を思い出しては、その意味を何度もなぞり…悶々と、しかし高鳴る鼓動に驚きながら。徐々に恋を自覚し、その相手を待ち侘びる一方で。恋に許され振り切った筈の過去が、心の奥底より再び澱み出て彼を苛む。

『お前を生んだから母さんは…ヒック!お前さえ生まれなければ…生まれてこなければ…』

 息子と引き換えに妻を亡くし、それ以来ずっと酒に溺れて自分を憎む父。

『あらやだ、まだ居たの?さっさと漁にお行きよ!ったく、気味の悪い子…』

 そんな父に嫌気がさし、その元凶である自分を労働力としてしか見ない姉。そして…

『おかえり、アズラエル…外は寒かっただろう?さぁ、こっちにおいで』

 入り婿の義兄。愛すべき家族から愛されぬアズラエルに、唯一優しく接してくれた人。歪に壊れた家族の中で、唯一心を許せた人。だから、それが偽りである事に気付けぬまま、何度も何度も罪を犯した。過ちを過ちとも思わずに。裏切られるとも知らずに。
 義理の兄に身体を弄ばれ、愛情に飢えるあまりそれを許してしまった。さらには自ら望んで求め、肉欲に溺れてしまった。忘れようとしても忘れられない、その身に刻まれたアズラエルの罪。その秘めたる行為が暴かれるのに、そう時間はかからなかった。そして彼は全てに裏切られる。

『違うんだ…そう、アズラエルの方から誘って来たんだ!全く、この年で恐ろしい子だよ!』
『汚らわしい、汚らわしいっ!そんな目で見ないで頂戴…お前という子は…汚らわしいっ!』
『ちょっと、ほら聞いたでしょ?あそこの家の子よ。可愛い顔してホントに…』
『出てゆけ…もう出てゆけぃ!やはりお前など、生まれてこなければ良かったのだ!』

 忌まわしい記憶が再び蘇り、アズラエルの耳元で何度も囁く。お前に幸せになる資格など無いと。お前はもう汚れていると。眩しい少女の、心からの想いを頼りに、生まれ変わった気持ちで新たな生活を始めても。こうして未知の幸福に曝される度に、その闇は何度も襲い来る。そんな時、アズラエルは余りに無力だった。

「俺は…俺は汚れたこの手で…駄目だ。そんな事は許されない…許される筈が無いっ!」

 震える両手を眼前に広げて、一人葛藤するアズラエル。それでも彼は信じたかったし、もう一度信じると決意したから。ドアを控え目にノックする音に、ベットから立ち上がる。ノブへと伸ばす手を躊躇し、暫し見詰めて。意を決したように、彼はドアを開いた。