「うぅ、寒い…ごめーん!待った?着替えてたら遅くなっちゃった」

 アズラエルがドアを開くと、リーネが勢い良く飛び込んで来た。全力で走って来たらしく、上気した顔で息をつき、外套を翻して振り返る。その煌く笑顔を見て、不安が薄れるのを感じながら。アズラエルも笑みを返してドアを閉じた。

「アズ君に一番に見せたくて…ほら、これっ!」

 そう言ってリーネが外套を脱ぐと、無機質で殺風景なアズラエルの部屋に花が咲いた。彼女はドスビスカスをあしらった狩りの装束を身に纏い、くるりと一回転して見せる。微かに甘い香りを伴って、メルホアオッハの裾がふわりと広がった。

「ホントはね、御姉様にも見せたかったんだけど…アズ君?」
「え、あ、はい…その、良くお似合いですよ」

 可憐で愛らしいばかりでなく、実に彼女らしいとアズラエルは思った。恐らくは全て、自分で作ったのだろう。狩りらしい狩りに出た事の無いリーネだから、農場で取れる素材を組み合わせた防具。強請ればポッケが、幾らでも強い防具を貸してくれそうなものだが。そうしない所に、ますますアズラエルは好感を覚えた。

「でしょ?ふふ、良かった…やっぱ狩人たるもの、せめて防具位は自分で作らないとねっ」
「…ちょっと防御力に不安が残りますけどね」

 痛い所を突かれて、リーネは頬を膨らませてそっぽを向いた。が、心から怒った訳で無い事が、今のアズラエルには手にとるように解る。だから躊躇いつつ勇気を出して、そっとその華奢な肩を後ろから抱いた。腕の中で向きを変えると、リーネはアズラエルの胸に頬を埋めて小さく呟く。

「ホントはリーネ、不安なの…怖いの。あんなにハンターになりたかったのに」
「最初は誰でもそうです。私もそうでした…恐らくはジスカ様も」

 小刻みに震える少女を励ましながら。気付けばアズラエルは強く抱き締めていた。柔らかな感触と暖かな体温が、じんわりとリーネを中心に全身へ浸透してゆくのを感じる。許し支え、受け止めてくれる…そんな彼女が吐露する、正直な胸の内。アズラエルもまた、それを正面から受け止めた。

「師匠もそう言ってた…けど不思議、アズ君に言われると安心するの」

 言葉では無く声が聞きたかった。手取り足取り弓を教えてくれた、それ以上の存在の少年の声を。

「私も貴女の声を聞くと安心します…許される気がするのです」
「そかな?ふふ、アズ君の心臓、すっごいドキドキしてる」

 リーネと居る時、今までは安堵と平穏が訪れていたのに。今夜は早鐘のように鼓動が高鳴り、呼吸は僅かに息苦しい。言われるまでその事に気付かなかったアズラエルは、意外な顔でリーネを見下ろす。リーネは微笑み僅かに離れると、自らを抱くアズラエルの手を取った。

「リーネと一緒…ほら」

 小さな手に導かれるまま、アズラエルはリーネの胸に触れた。平らな胸の奥で、自分と同じ鼓動が忙しく脈打つ。恥ずかしげに赤面して俯きながらも、リーネはアズラエルの手を離さなかった。互いに気持ちが同じである事を、言葉を介さず確かめ合う二人。

「リーネ、私は…」
「言わないで、解ってる…つもり。ううん、解りたいから」

 見詰め合う互いの瞳が、互いの引力に引かれる様に。二人はどちらからと言わず唇を重ねた。大人達の喧騒はどこか遠くへ聞こえ、数時間後に迫る日の出すら現実感を失いつつあった。