「おかえり、二人とも…そろそろ戻ってくる頃だと思っていたよ」

 普段と変わらぬその声、その表情…しかし今、ポッケに向けられたジスカの視線は、疑念を通り越して、嫌悪に近い感情をはらんでいた。それでも飄々と、ポッケは自宅で寛いでいる。その手には杯と酒瓶…咎める空気を感じた彼はしかし、ただ肩を竦めて見せるだけ。

「キミ達人間を真似てみるんだけどね…こんな気分でも酔えないのさ、ボクは」
「っ!…もう解ってるだろうけど、リーネが死んだ。そして消えてしまった」

 加えて言えば、村中の人間が消えていた。失意の内に村へと戻った二人は、既に見慣れた風景が閑散としている事に驚愕。どの家も生活感はそのままに、そこに住んでいた筈の人だけが見当たらない。眼前で杯を傾けるポッケを除いて。

「ふむ、順を追って説明するけどその前に。元気だしなよ、心配無用さ…アズ君?」

 無遠慮で無神経な一言が、虚ろな瞳で立ち尽くす少年に向けられた時。とうとうジスカの理性は、煮え滾る感情を爆発させた。互いを隔てるテーブルを勢い良く引っくり返すなり、ポッケに詰め寄りその襟首を掴んで。怒りに任せて吊り上げると、掌に爪が食い込む程に拳を握り締めた。

「貴様ぁ!リーネをむざむざ殺しておいて、よくも言ってくれる!」
「初期化する前にせめて、彼女の望みを叶えてあげたかったんだけど。ま、いいさ」

 振りかぶった拳を振り下ろせず、かといってポッケを離す事も出来ずに。ジスカは黙ってポッケを睨んだ。何故、ここに到って殴れないのか…その意味を考えながら。結局ジスカは、奥歯を噛み締めつつポッケを放り出した。どこか諦めたような、悟ったような表情のポッケは。まだ出会って間もない頃の、無垢な弟達に重なり、怒りを削ぐ。

「遠慮しなくていいのに…キミにはその権利がある」
「説明すると言ったな?ならばわたしにはそれを聞く義務もあるのさ」

 そう、殴るのはそれからでも遅くは無い。自分にそう言い訳しながら、ジスカがポッケに手を差し伸べた時。今まで呆然と虚空を見詰めていたアズラエルが、ふらりと室内を歩き始めた。その頼り無げな表情は、ともすれば何かに取り憑かれているかの様。彼はゆっくりと周囲を見渡し、やがて目的の物を部屋の棚に見つけた。この地に故郷より携えて来た、狩猟用のライトボウガンを。

「…弾なら隣の棚にあるよ。調合用の素材も、ボクの道具箱から持って行くといい」
「ポッケ…くっ、アズラエル!よすんだ、キミのせいじゃない…だから」

 ジスカの手を取り、立ち上がったポッケが言う通り。直ぐ隣の棚には、各種弾薬が整然と並んでいた。そこから機械的に、必要な弾種を必要なだけ取り出すアズラエル。彼が今、何を考えているかを想像して、ジスカは思わず駆け寄り制止した。しかし、少年は無言で黙々と準備を進める。焦点定まらぬ瞳に、冷たい炎を宿して。

「俺は他に償う術を知らない。だから…だからっ!」

 鈍い金属音を立てて撃鉄が引き上げられる。アズラエルは今、自身で制御できぬ感情のうねりに翻弄されていた。筆舌し難い喪失感が、追憶の暗い過去を引きずり出す。一度は裏切られながらも、再び繋ぎ止めた人との絆。それはもう無残に引き千切られ、後に残されたのは憤怒と憎悪。大事な人を奪ったモノへ、何よりそれを許してしまった自分自身へ。

「落ち着けアズラエル、そんな事をしてもリーネは喜ばない。それどころかキミまで…」
「うんうん、それと…解る言葉で喋らないと。さて二人とも…少しいいかい?」

 鋭利な殺意を漲らせるアズラエル。その言葉の意味は掴めなかったが、ジスカには彼が何を為そうとしているかが瞬時に理解出来た。だから止めたが…ポッケはただ、付いて来いとばかりに部屋を出る。その去り際の表情がやはり、どこか寂しげに見えて。ジスカはアズラエルを無理に引き連れつつ、その後に続いた。