既に日は落ち、天候は荒れ吹雪いていたが。肌を刺す冷気も、視界を覆う白い闇も意に介さず。アズラエルは雪原を疾走した。ただ闇雲に、ひたすら自棄に。それが忌むべき旧世紀の遺物であると…具現化した暴力の結晶体であるとポッケは語ったが。今のアズラエルには関係なかった。それが愛しい少女に死をもたらした存在である事。それだけで十分だった。自分の死であってもいいとさえ思った。

「出て来いよ、お前…出来損ないの欠陥品だってな。まるで…」

 まるで似た物同士じゃないか。そう独り呟いて、アズラエルは自嘲する。憎悪の対象がそうであるように、自分もまた疎まれ蔑まれて、居るべき場所を追い出された。閉じ込められたか放逐されたかの違いはあれ、一人と一匹は似ていた。

「そこかっ?…チッ、違うか。でもっ!」

 求める仇敵では無いと知っても、アズラエルは銃爪を引く指を止められなかった。冷静さを欠き、激情のままに。目に映る獲物全てを狩り尽くすつもりで。淡々と、しかし一発一発に憎悪を込めて。視界の隅を横切ったドスギアノスを、気付けばアズラエルは蜂の巣にしていた。
 自分の故郷でも良く見られる、寒冷地に生息する走竜の首領。それが今、僅か数発の弾丸で弾け飛んだ。確かにポッケが語った通り、この地に閉じ込められた生態系は脆弱…故郷での狩りならば、相応のリスクを伴う戦いの筈が。現に今、あっさりとドスギアノスは息絶えた。それが嘗ての世界の、あるべき世界の生き物。

「しまった、無駄弾を…フッ、いいさ。どうせ後先なんて考え…ん、来たか」

 不意に頭上を覆う影に気付いて。素早く次弾を装填すると、激鉄を引き上げ身構えるアズラエル。吹き荒れる吹雪の中、乱舞する氷雪を纏う轟破の暴竜。それは空気を切り裂き、着地と言うよりは落下に近い形で地に降り立った。アズラエルがしとめたドスギアノスの骸が、まるで紙切れのように宙を舞う。
 吹き荒れる嵐の中、ティガレックスは異形の姿をアズラエルの眼前に曝した。その姿は出来損ないの名に相応しく、古龍とも飛竜とも取れぬ、醜い歪さを感じる。その禍々しいシルエットの中に、もしやと思い続けた可能性を発見して。絶叫と共にアズラエルは、突進してくるティガレックスへ銃爪を引いていた。ティガレックスの頭部に刺さった一本の矢…それが凄惨な別れを思い出させ、少年から正気を奪う。

「殺してやるっ!刺し違えてでも…お前だけは!ブチ殺してやるっ!」
「や、それは困るかな…兎に角っ!」

 互いを隔てる僅かな距離を、みるみる食い潰して迫るティガレックス。弾切れにも気付かず、狂ったように銃爪を銃身に押し込み続けるアズラエルは、不意に横からの声に押し倒される。膝下まで積もった新雪に突っ伏し、その上に何者かが覆いかぶさった直後…今まで自分の立っていた場所が、巨大な轍に抉られ弾け飛んだ。

「ふぅ、先ずはやり過ごしたか?この瞬発力、確かにわたし達の世界には居ないタイプか」
「ジスカ…様?どうしてここに…」

 顔を上げたアズラエルが見たのは、遥か遠くで雪煙を上げてターンするティガレックスと…その姿を眺めつつ、背中の太刀を抜刀するジスカの姿だった。彼女はアズラエルの視線に気付くと、手を差し伸べて来る。おずおずと掴まり立ったアズラエルは、突然の不意打ちに再び凍土に顔を埋めた。

「…さっきはアリガト、わたしもポッケはブン殴りたかった。けど今は違うね…解る?」

 窮地を救ってくれた筈のジスカは、握った拳を全力でアズラエルへ叩き付けたのだ。呆気に取られるアズラエルは、訳も解らぬまま襟首を掴まれ引き摺られる。獲物を求める獰猛なティガレックスが、再び二人のすぐ側を通過した。巻き上がる粉雪と土砂に塗れながら、ジスカは呆然と見詰めるアズラエルを立たせる。訳も解らぬままにアズラエルは、ジスカに振り回されながらティガレックスから逃げ惑った。