「ジスカ様、いったい何故…」
「黙ってな、舌噛むよ!ええい、節操が無い!隙のスの字もありゃしないんだから」

 ティガレックスの猛攻は熾烈を極めた。二人の狩人は攻めに転じる暇も無く、防戦と言うには余りに惨めな状態で逃げ惑う。辛うじて立ち上がったアズラエルは、頬の痛みが熱を持つのを感じて、その意味を求めてジスカの横顔を見詰める。視線に気付いたジスカは、太刀を鞘に納めつつ少年の手を引いて走り出した。

「あ、痛かった?痛いよね、そりゃ痛いだろ…生きてんだからね!」

 巨大な図体に似合わず、俊敏な機動で二人を追い詰めるティガレックス。その巨躯が宙を舞ったと思うや、アズラエルは力任せにブン投げられていた。少年を放り出した反動で、逆方向へとジスカも身を転じる。二人を別つように、巨大な暴力が降り注ぐ。

「アズラエルッ!仇は討っていいさ、でもね…わたし、死にたがりは嫌いだからね!」

 縞模様も禍々しい、小山のようなティガレックスの向こう側から。鞘を走る太刀の鋭音に混じって、ジスカの叫ぶ声がする。その言葉を聞き、殴られた意味を悟って。アズラエルもボウガンを構えると、目の前で立ち上がるティガレックスの背後へと走った。

「別に貴女に嫌われたって!私はもう、好かれたい人を失っ…」
「それがどうした!誰だって大切な人を失う。自分だけだと思ったら、そりゃ甘えだね!」

 視界を覆う吹雪の中、黒い巨大なシルエット。その端々に雷光が煌く。暴れるティガレックスの尾や爪を掻い潜り、果敢に肉薄するジスカの斬撃がアズラエルには見えた。だから弾薬を麻痺弾に切り替えつつ、撃ちながら叫んだ。御節介の自己満足だと決め付け、ありったけの反発を込めて。

「アンタに何が解る!俺はまた…いや、今度こそ本当に…失くしてしまった!」
「あーもう、解る言葉で喋んなよ!でなきゃ、また打つよ?ったく…」

 お互いに感情を吐露しながらも、研ぎ澄まされた緊張感を保ってティガレックスへ挑む。何度目かの装填を終えるなり、ジスカへの苛立ちを隠さず罵りながら麻痺弾を放って。さしもの暴竜も痺れて身悶え吼えるのを確認した瞬間。ずかずかと近寄ってきたジスカは、再び拳骨でアズラエルを打った。

「リーネは死んだ、だから辛くて苦しいんだろ?泣いても嘆いてもいい」
「…ジスカ、様?」

 鼻血を拭えば、怒りは沸点に達して。苛立つ気持ちがティガレックスを忘れてジスカに向く。しかし…

「でもね、刺し違えるとか言うな。あの子の分まで生きるとか、それ位は吼えてみせろ」

 襟首掴んで引き寄せ、じっとアズラエルの瞳を見詰めるジスカは。唇を噛んで涙を堪えながらも、今にも泣き出しそうな顔をしていた。絶句してただ、目を逸らすアズラエル。

「わたしは泣かないよ、泣けるもんか!泣く代りにやる事があるからね」

 泣いて喚いて嘆いて暴れて。それでもいいから生きてみせろ、と。ただそれだけを伝えたくて。ジスカはそれが伝わるまで、何度でも諭す積もりでいた。そうする事でしか、リーネに報いてやれないから。旧世界の賢人を気取る愚者達の手で。何度でも価値無き生を営む、リーネや多くの村人達…虚ろで虚しい彼女達と違って、アズラエルには唯一の生しか無いのだから。それは同時に、彼が好いたことでリーネもまた、終わり無き連鎖に紡がれた生を解かれ、生きた証を手にする事が出来ると思うから。

「いや、泣けるなら泣いた方がいいよ。寧ろボクの代りに…ってのは調子が良すぎるかい?」

 麻痺に抗い、その毒を振り払って。再び牙を剥くティガレックス。その鼻先に、一人のハンターが降り立った。先程までの荒れ模様が嘘の様に、突如晴れ渡る空の下…二人を振り向くポッケは、どうやら微笑んだらしい奇妙な表情を浮かべて、背負ったランスを構えた。