その名を同時に二人は叫んだ。来る筈の無い人物が来て、理由も無い戦いを始めたから。立ち直ったティガレックスが吼えた瞬間、その姿は盾を構えて身を守りながら。着実に距離を縮めて獲物の懐へと潜り込んで行く。
 一方でジスカは、今まで経験した事の無い衝撃に吹き飛ばされつつ、必死でアズラエルを庇った。飛竜の咆哮に身が竦むのは、何度も経験した事があるが。咆哮そのものに吹き飛ばされるのは初めてで。今では魔法の類としか思えぬ、旧世紀の秘術が生み出した化物に恐怖を感じた。

「キミ達は援護に回って欲しい。ああ、それと…」

 忙しいステップで牙や爪をいなしながら。重金属の鉄槍をポッケは、軽々とティガレックスの頭部へと繰り出した。初めて痛手を被り、それでも悲鳴を上げる事なく唸るティガレックス。旧世紀の産物同士が今、ジスカとアズラエルの眼前で、人智を超えた闘いを繰り広げていた。が、どこかポッケの動きには、本来備わっているであろう鋭敏さが欠けていた。敢無く隙を突かれ、人間であれば例え外界の者でも、致命打であろう一撃が彼を襲う。慌てて駆け寄る二人の下へ、ポッケは吹き飛び突っ伏した。

「何故追ってきた、ポッケ!」
「…システムはこれから最後の再生を行い、それが終われば停止する。空をごらんよ」

 先程までの嵐が嘘の様に、徐々に空は晴れつつあった。今はもう、白み始めた東の地平線が、遥か遠くに見渡せる。この地を閉ざしていたのもまた、システムによるものだったのだ。

「最後の再生?何故そんな…」
「さあ、何故だろうね。二人とも出来れば、その辺をボクに教えて欲しいけど」

 再び襲い来るティガレックスに、三者は三様に逃げ惑いながら。奇妙な連帯感が生まれつつあるのを感じて、攻勢に転じる隙を窺った。無論、ジスカやアズラエルの胸中にはまだ、多くの疑念が渦巻いていたが。誰よりも先頭に立って今、ポッケがティガレックスに挑んでいるという事実は揺るがなかった。

「システムが完全に停止すれば、ここは禁忌の山では無くなる。つまりだね…」
「リーネや村人達は振り戻しの連鎖から逃れ…!?そうか、外界と繋がって!」
「この化物が外へ…私達の世界へ解き放たれる訳ですか」

 戦慄に背筋が凍り、それでもジスカは足を止めなかった。アズラエルもまた、この瞬間に直面している危機を察しつつ、冷静に弾薬を装填していた。最も、アズラエル自身にとってはどうでもいい事だったが。この場で自分達が敗北すれば、異形の怪物が野に放たれる。事情を知らぬ多くのハンターが、その存在を知れば挑み倒れ…噂は広がり多くの犠牲者を生むだろう。

「でも、私には関係ありませんね…知ったことか!こいつは…俺が狩るっ!」
「俺達が、で一つ頼むよ…ボクはもう、一人じゃ…」
「あーもう、二人とも解る言葉で喋んなよ!ったく」

 散開する三人を前に、品定めをするように首を巡らせるティガレックス。その周囲を旋回しながら、慎重に距離を縮めながら。ジスカはふと、先程のポッケの言葉を反芻していた。システムは最後の再生を行っている…つまり、リーネ達は再び蘇る。そしてあの村も外界と繋がり、禁忌の山伝説は昔話になるのだ。そんな決断をしたポッケ自身はしかし、その後どうする積もりなのだろうか?

「色々やってくれちゃったしねぇ…ま、一人位増えてもウチは構わないか」

 悲壮感を払拭するように、頭上の青空は徐々に広がってゆく。勝算に乏しい、狩りとは呼べぬ死闘の最中で。ジスカはふと、これからの展望を明るいと感じて微笑んだ。同時に尾の一撃に身を躍らせる。この時まだ、彼女はポッケの言葉の真の意味を、完全には理解していなかった。