「ボクが正面で引き付ける。キミ達は側面から回り込んで…」
「どうぞお好きに。私は勝手にやらせてもらいますから」
「アズラエル!まだそんな事を…とっとっと、コイツッ!」

 凍てつく空気を切り裂くような、鋭い爪の一撃。それを紙一重で見切って避けると、ジスカはそのままティガレックスの側面へと潜り込んだ。抜刀一閃、渾身の力を込めて太刀を振り下ろす。斬破刀が雷光を纏って翻り、ジスカへ伝わる確かな感触。返り血を避けるようにティガレックスの制空圏から離脱しながら、彼女は確信していた。例えそれが旧世紀の化物であっても…眼前で猛り狂う轟破の竜もまた、生物の理に従う命なのだと。

「…遥か太古の昔、キミ等が神話に歌う時代。この星は死に絶えようとしていた」

 咆哮と銃声の合間を縫って、ポッケの声がジスカの耳朶を打つ。ティガレックスの鼻先に張り付き、その牙を真正面から受け止めながら。抑揚に欠くが、僅かに息苦しそうな声で、彼は何かを伝えようとしていた。決戦の最中、まるで刻を焦るように。

「世界回路にラグオルの再生を託した一部の人間は、世界が浄化されるその日まで…」

 楽園に閉じこもった。選ばれなかった多数の、持たざる者達を見捨てて。そう語りながら、ポッケは盾を翳して身構えた。甲高い音を響かせ、無機質な光沢の金属が削ぎ取られる。半壊した盾の影に身を潜めつつ、一瞬の間隙を衝いて。手にした槍を全力で繰り出すポッケ。

「!…やった、か?」
「いえ、まだ…危ないっ!」

 乾坤一擲、ポッケの一撃は完璧に中心線を捉えていたが。脳天を正面から突かれ、深々と豪槍に抉られながら。ティガレックスは息絶えるどころか、怒りに震え叫んでいた。その怒号は衝撃波となって、周囲を見えぬ力で薙ぎ払う。爆心地に居たポッケが、木の葉の様に吹き飛ばされるのを目で追いつつ、ジスカは咄嗟に駆け出した。援護するかのように、アズラエルの正確な射撃がティガレックスを牽制する。

「…ふふ、楽園を追われたのは実は、ボク達だったのさ。外界のキミ達はこんなにも…」
「喋るなポッケ!ああもう、回復薬か薬草を…」

 地に伏し倒れたポッケを抱き起こしながら、ジスカはポーチをまさぐった。だが、こんな時に限って探る手がもどかしい。やっとの思いで取り出した回復薬の小瓶を、急いで開封しようとする彼女を。ポッケの冷たい手がそっと制した。無言で首を横に振り、僅かに微笑もうと不器用に歪めた口元に血が滲む。

「いいんだ、もういい。それよりジスカ、奴が来る…頼む、キミ達の手で」
「ジスカ様っ!駄目です、押さえきれません…そっちに!」

 背後に迫る強烈な殺気。雪を掻き分け大地を抉り、鮮血を吹き上げながら。ティガレックスが唸りを上げて這いずり迫る。背に受けるアズラエルの銃弾も意に介さずに。

「…解った、わたしに任せて…大丈夫だからほら、泣くんじゃないよ」
「ああ、宜しく。そうか、泣いているか…はは、涙も流さずにかい?」

 迫るティガレックスは爆発的に加速度を増し、そのまま地を蹴ってジスカとポッケに踊りかかった。巨大な影に覆われる中、振り向き身構えたジスカもまた、気勢を叫んで迎え撃つ。急ぎ弾薬を装填するアズラエルの視界はその刹那、舞い上がる雪煙に覆われた。人とも竜とも取れぬ絶叫が轟き混じって、雪深い山に木霊する。
 不意に静寂が訪れ、徐々に視界が晴れてゆく。アズラエルは慎重にボウガンを構えつつ、目を凝らして耳を済ませた。憎き仇敵を求め、束の間の仲間を探す…その数秒間が彼には、無限に続くかのように感じられて。ぼんやりと浮かぶシルエットがゆっくりと近付いて来ると、思わず名を呼び駆け寄った。