「ジスカ様!…奴は、ティガレックスはっ!」

 先に姿を現したのはジスカだった。その手に太刀はもう無く、代りにポッケを抱き上げている。彼女は駆け寄るアズラエルへ無言で語った。全て終わった、終わらせた、と。それでも燻る憎悪に目を血走らせて、少年はボウガンを降ろそうとしない。

「アズラエル、もう終わったよ…痛むか?ポッケ」
「生憎そんな機能は無くてね。けど、少し心苦しいな」

 何せお別れだからね…何気なくそう呟くポッケ。ジスカが彼をそっと降ろすと、アズラエルも傍らに膝を付いて。雪原に身を横たえたポッケの、その胸倉を掴み睨み付けた。

「お別れ?ご冗談を…何の責任も取らず、一人だけ楽に?そもそも貴方は…」
「キミには済まないと思っている。ボクなりの責任は取ったつもりだけ…!?」

 ジスカが割って入ろうとする間もなく、二人の会話は途切れた。今にも途切れそうな叫びを上げて、手負いの轟竜が身を起こしたから。気迫の一太刀で掻っ捌かれた巨大な傷口からは、ドス黒い血の滴る臓腑が覗く。誰の目にもう、忌むべき旧世紀の化物の姿はそこに見えなかった。だが、それでも怒りの矛先を納める理由が、アズラエルにはまだ無い。

「よせ、もう長くは無い…狩りは終わった。それでいいな?ポッケ」
「でもっ!でも奴は、奴はリーネを!私は…俺はっ!」
「そのリーネが憧れた、モンスターハンターとして。もう止すんだ、アズラエル」
「…卑怯です、ジスカ様」

 徐々に殺気を削がれ、滾る憎悪が萎えてゆくのを感じて。ゆっくりと銃口を下ろし、俯くアズラエル。その眼前で低く吼えると、再び地に伏すティガレックス。その目はしかしまだ、完全に死んでは居ない。恐るべき生への執着を漲らせて、新雪を血に染めながら前進する。僅かでも前へ…外の世界へと。

「そうか…奴も…奴等も外へ出たかったのかしれないね。御覧よジスカ。アズラエルも」

 ポッケが力無く呟き、同時に吐血して咳き込む。そんな彼を支えるジスカは、弱々しく翳されたポッケの手を、その先を見上げて絶句した。晴れ渡る空を今、無数の翼が埋め尽くしていた。それはこの地に封印された、飛竜とも古龍とも違う廃棄物達。そして何より…来るべき清浄なる世界を、ただ待たされ続けた多くの飛竜や古龍達。システムが停止した今、多くの生物が外の世界へと羽ばたいていた。
 アズラエルもただ呆然と、外の世界へと散ってゆくモノ達を見送った。それに続かんともがき、無駄に血を撒き散らすティガレックス。轟破の竜は悲しげに一声吼えると、最後の力を振り絞って羽ばたく。弱々しく、しかし迷い無く。慌ててアズラエルがボウガンを構えた時には。最後の力を振り絞るかのように、仇敵の姿は急激に小さくなってゆく。

「くっ、逃げる…まだあんな力が?どうする…ジスカ様、どうすれば」
「追って欲しい、アズラエル…奴だけは、奴だけはどうしても」

 弱々しいポッケの言葉に、ジスカが無言で頷く。暫し躊躇した後、大きく頷いて。アズラエルはボウガンを背負い直すと、振り返らずにその場を後にした。不思議ともう、ポッケへの蟠りは感じない。それどころか、ティガレックス自体への殺意や憎悪も。自責の念だけが胸の内に燻っているが、どこかでそれを許す声が聞こえる。

「リーネ…次の君も何時か、この道を行くかい?外の世界へ、モンスターハンターとして」

 極めて近く、限りなく遠い場所より。聞こえるような気がするその声へと、アズラエルは呟いて。答は待たずに、疲れた身体へ鞭打った。点々と残る血の後を辿る、少年の体が風になる。次の君は解らないけど、俺の君は…その先の言葉を飲み込み、アズラエルは再び旅立った。閉ざされた楽園を後にし、ここより始まる長き放浪の旅へ。